NHK教育テレビ
      通信高校講座 現代国語

       「 詩 の こころ 」

                               1970年3月23日放送

                            講 師  大河原忠蔵氏



註 
録音から原稿をおこすにあたって、ほぼ忠実に言葉を拾うことにした。その為に読みつらかったりするが、詩人の姿に少しでも近づけたらと言う思いであえてそのままにすることにした。
 また司会者と尾崎さんの区別は記していないが、段落ごとに交互に発言している。最初は司会者の話から始まっている。
 

 


美ガ原熔岩台地

登りついて不意にひらけた眼前の風景に
しばらくは世界の天井が抜けたかと思う。
やがて一歩を踏みこんで岩にまたがりながら、
この高さにおけるこの広がりの把握になおもくるしむ。
無制限な、おおどかな、荒っぽくて、新鮮な、
この風景の情緒はただ身にしみるように本源的で、
尋常の尺度にはまるで桁が外れている。       

秋の雲の砲煙がどんどん上げて、
空は青と白との眼もさめるだんだら。
物見石の準平原から和田峠のほうへ
一羽の鷲が流れ矢のように落ちて行った。

 

 えっどうですか、こう秋が雲の砲煙をどんどん上へあげているとか、或いは一羽の鷲が流れ矢のように落ちていったとか、非常に、この広い空間ですね、それでそこに自然のダイナミックな動き、素晴らしい詩です。
 いったいこういう詩を創る「詩人の心」これはどういう風になっているのか、つまり詩を創る心というもの、これを今日は色々と尾崎さんからお話しをお伺いしたいと思います。
 どうも、さっそくですが今の詩の場面ですが、美ガ原という所なんですが、私はだいたい文学に関係のある所は詩でも小説でもよく旅行する方なんですけれど、美ガ原だけはまだ、太っているせいか山は苦手なんですね。まだ行ってないんですけども。     まずその情景ですね。それから、その時の、今の詩は大変有名な詩になっておりますが、その時の心持ちなどをですね、一つお話しいただきたいんです。

 

 いま読んでくだすったとおりね、本当に吃驚してしまって、尋常な尺度からまっ
たく桁が外れているような感じがいたしました。
 今の詩はね、私が書きました詩としては随分前な、そろそろ半世紀近くですから。素人ですからね、私は別にたいして太っておりませんしね、ですけれど登りましたけれど、約二千メーター位ありますけれど。それでね、地質学者の言葉でね、辻村太郎博士の言葉ですとね「信濃中央高台」と言ってね、そこに登りますと、二千百メートルの一番高い所に登りますとね三百六十度も見えるんですよ。熔岩台地なんですが。ですから北アルプスも見えるし、後立山も見えるし、浅間の方も見えるし、八ガ岳も見えるし、それから中央アルプスも見えるし、ただそうかと思うと志賀高原の方もすっかり見えるしとても景色の良いところですね。

 そうすると、まあ都会と、かいわゆる下界と違った。

 まったく違った空気ですね。本当の山の冷気と言いますか、今はもう少し人が行き過ぎますがね、その時分はそれこそ半世紀前ですから、その時分は良うございましたね。

 

 そうすると、まあそこに行かれた時に思わず詩心が、と言う。

 

 わきますね、当然。もうその、百曲(ひゃくまがり)っていう所を、百回あったかどうか知りませんが、とにかく登って行きますと俄然天地が開けるんですよ。そりゃ吃驚しますね。

 

 それであの、これ山の詩なんですけれども、その山村ですがね、山の麓にある山村。私は実は山村まで行ったことがあるんです。むしろ暮らした事があるんですが、その十代の終わり頃ですね。山梨県の山のずっと富士山麓の方の、寂しい炭焼きで生計をたてているような山村。暮らした事があるせいか、尾崎さんのお書きになった詩の中に「山村にて」という、あれを読んだ時になにか非常にこう打たれたわけなんですが。

 

 ああ、そうですか。ご経験がおありなんですね。で、あの「山村にて」という詩についてですね、お話しをお伺いしたいんですが。まず朗読をですね、してもらう事にしましょう。

 

山村にて

 

甘やかな、ほんのり赤い五月の夕日が
この山ふところの村落を、新緑に重い風景を、
瞬間の希有な光で浸している。

夜に入る前最後の娘が汲みに来る
高い、澄んだ井戸の水音。
昼間わたしが見た
石段を降りてゆく其の井戸のあたりには、
すでに夜の影がさまよっていることだろう。
多くの岩やきりぎしに谺するその音が       (谺 こだま)
この山村の迫った深さを思わせる。

人が其処から汲みあげる平和、
人が水桶へあける限りない涼しさ。
あの井戸の近く、大きい柿の木の下で、
或る年の夏を暮らすべき自分をわたしは夢想する。

其の時、一冊のゲーテ、一冊のヘッセと共に、
わたしは人生の最上のものを知るだろう。
山と、青葉と、空と、星、
自然と音楽とに最も強く結びついた単純な生活の
つきぬ豊かさから学ぶだろう。

黒びかりする柱を照らす吊ランプ、
たそがれの厨で物を煮る香。
あすは立ってゆく此の山間の古い家を
わたしは遠い昔から知っている気がする。

 

 

 ええ、今の詩ですけれど、この娘が最後に水を汲みに来る井戸と、あのへんなんかしんみりとくるんですが。

 

 そう先生はその山村を生活なすったでしょ、富士山と御坂山塊の間あたりで精進湖の近くでね、あそこいらは感じがありますよね。それはつまり、あそこには「人が水を汲み、人が何をする。人ってのは今の詩に二つございます。あそこには人が無くっちゃいけないんです。あれが大変な要素になるんです。だから山村ってのは、山ってものが生きてこないんですね、山はひとりで立ってただけじゃ。エベレストでも何でもそれはそれだけのものですね。そこに人間が参加していったり、あるいは愛しに行ったり、びっくりしに行ったり、するとそこから山の意味が僕には始まるような気がして。山を知らない、愛することを知らないのは山登りでは、まだそりゃ悪いけど駆出しですね。

 

 ああそうですか。山村の魅力というものはやはり山に劣らずあると、

 

そうそう、我々とおんなじ人間がそこでそういう境地で暮らしているって事に。本当にね尊敬とか愛とか同感とか、憐憫の感情じゃなんかありませんよ。同感とか、愛とか、そう言うものを持ちますね。そりゃ周囲はいいんですもの。

 

 ここは、今の詩はやはりどの辺でおつくりに、

 

 これはね、あの利根川の支流の神流川(かんながわ)の奥なんです。で結局私はね乙父、おっぷ、と読むんですが、それをずっと行きますとね、十石峠という信濃との境、此処は埼玉県で、小海という所に出るんですが、そこへ泊まりまして、明日は立つべきその山の宿、という事なんですが。

 

 それで山の詩ですが。先ほどの詩も今の詩も山ですが、尾崎さんが山へ入る気持ち、山に惹かれるようにおなりになったその動機というか。

 

 これはやっぱり人には誰でも始めにつれて行ってくれる人があったはずですね。まあ、幾人かの友達も皆んな山の先輩です。それが連れて行ってくれたんですね。
 それで始めは東京付近の山を歩いていたんですよね。前秩父だとか、関東平野の奥の山だとか、まあ千メーターから二千メーター近い所を歩いて。
 それに私は元来自然が好きなんで、小学校、中学校の両方を通じて理科が好きだったんで、理科って科目がありましてね、それが好きだったんです。植物ですか、動物、雲、星ですね。そういうものが好きだったんです。まだ他にも好きなものはありますが、それは後で話しますが。
 ですから、そういうものに満ち満ちてるでしょ、山は。ほれから、とにかく今と違って若かったですからね。良く歩けますよ。それから痩せていたから身が軽かったですね。ほれでも割合重たいリュックサックしょってね。
 それからもう一つ。私は文学をやっているんですよね。ほっと文章が書きたくなったり、詩を書きたくなる。そう言う、早く言えば材料にも恵まれているでしょ。美しいもの、愛すべきもの、さっき言ったとおりの事柄を人にも感じるように、動植物の中にも感じますね。

 

それで、あの、今の日本の青年達が非常に山へ行きますがね、パンフレットいっぱい出て、案内書もいっぱいうんざり。本屋へ行くと山のようにあるんですが、それを見てひじょうに出かけていますがね、

 

 それは私が若い時だって、もしもあんなにたくさん有ればやっぱりそれを買いますよ。ただしかしね、私は二十万分の一と五万分の一の地図を持ってね、そいで行って自分の山を観念の中で形作って、

 

 自分の山ですね。自分の目で見た山。

 

 自分の見た山です。それだから、今の人達と少し違いますね。今の方たちは行きはよいよいなんです、一生懸命登ってくる。帰りは早いですね。汽車の時間があるから帰らなきゃならないでしょ。だから山村の、あの無くなってしまうんですね。それから山へ行ったらできるだけいろんな物を、自分の目で見てくる事ですね。

 

 
それで自分の目で見るって事が、どうも詩のですね、尾崎さんの詩の根底にもちろん私達感じるわけですが、その少年の頃にですね、尾崎さんが初めて私は詩をつくろうと云うお気持ちになった時の事を、ちょっとお聞かせ願いたいんですが。

 

 それはやっぱり、私よりも先輩の詩人の詩を、もっとも割合となんだか自分の口から言うのもおかしいんですが、小さい時から、中学時代から英語が良く出来たんですね。だから英語の先生がたいそう可愛がって下すって、しかもその先生が英米の古い詩が好きなんですよ。で、それを教えて下すってね、それで詩はいいなあと思ったところへ高村光太郎だとか千家本元麿だとかいう人とか、それからまた自分でも英語の詩を一生懸命読んだりして。
 それで私やっぱり小説みたいなものは書けない男なんですね。ああいうかたちですか、書く、書いた先輩があって、それに刺激されて。

 

 なんか、隅田川の付近で、

 

 私の家は回漕問屋をしていましたもんですから、船は二三艘ありまして、大きな船が。ほいで、そうですね、家から見ると向こう側に石川島造船だとか、それからもっとひどい漁村だった佃島だとか、その向こう側に房総半島が見えたんですからね。それで、家の庭の石垣の所から鮎がとれたり、しゃくえたり、ドジョウが釣れたり、蟹が採れたり、そんなんで。

 

 そう言うものが尾崎さんの詩の心を目覚ました、

 

 そう言うわけなんですね。後はそういう商売をしていましたから小僧だの丁稚だの、女中達がたくさん居ましたがね。私は一人っ子だもんだから、自分で一人で遊ばなくちゃならない。
 問屋町なんだもんですからね、子供が少ないんですね、大人ばかりで。ですから自分でもってそういうものを発見して、いいなあと思って、そっからやっぱり詩の心が、ですからそういう時分の思いで、詩がたくさんあります。

 

 

 それで、その何て言うか、人間尾崎喜八と言いますか、尾崎さんの人間って言うものを、私ひじょうに強く感じさせられた詩にですね「秋の流域」というのがあるんですが、「秋の流域」を読んでいますと、娘に語りかけるという、何かそういう形でお書きになったようなんですが。
 今度は、その詩についてですね「秋の流域」について色々とお伺いしたいわけなんですが、でまずやはり朗読によってですね、聞いてみる事にしましょう。

 

秋の流域
  (我が娘、栄子に)

二日の雨がなごりなく上がって、
けさは天地のあいだに新しい風がながれている。
暖かい道のうえの小石をごらん、
これは石英閃緑岩というのだ。
こんな石にさえそれぞれ好もしい名がつけられ、
一つ一つが日に照らされ、風に吹かれて、
きょうの爽やかな、昔のような朝を、
何か優しい思い出にで耽っているように
みんな薄青い涼しい影をやどしている。

葡萄畠のあいだから川が見えてきた。
風景の中に自然の水の見えて来るときの
深い心の喜びをお前がいつでも忘れないように!
だが銀の絲のもつれたように流れる川の両岸には、
平地といわず、丘といわず、
この土地の人々の頼もしい生活と
画のような耕作地とがひろがっている。
そうしてこの美しいひろびろとした流域の向こうには
同じ日本の空があり、秋があり、
其処で営まれているまた別のたくさんのたくさんの生活がある‥‥‥

 

 この詩ですが、

 

 思い出しますね。

 

 ええ「風景の中に自然の水の見えて来るときの、深い心の喜びをお前がいつでも忘れないように!」と、

 

 それが一番大事なんですね。

 

 そうなんですね。この風景の中にきれいなものが、私も実は娘がいるんですがね、何かこの世の中にはきれいなものがあるんだと、自分を含めてですね。これが本当の美しさだって言うことを教えておきたいってこんな気持ちになるんですが、やはりそんな、

 

 もちろんそのとうりですが、これはね中央線の甲府の手前の塩山で書いた。大菩薩へ連れてったんですが、この子はこの時、栄子ってやつは八つか九つで、三日ばかり雨に降られましてね、ずっと続いて。ところが塩山の朝はこれなんですね。歩きながらいろんな事教えました。
 自分がやっぱり好きだから、植物も雲も何でも、石の名前まで教えちゃってね。やっぱりそこは石英閃緑岩、なかなかいい名前つけたもんだと自分で普段から思っているから、やっぱり一つはっきり教えて、

 

 自然科学の言葉が、そのまま詩の言葉としてお使いになるんですね。

 

 この中で生きてきますよね。ここは厳しい父親の、やっぱりしっかり物を教えてという心ですね。それがあります。ですから雲があれば、ああ、あの雲は高積雲って言うんだとか、あれはあの巻雲って言うんだとか、いちいち教えましたね。子供は帳面持って歩いているんですね、父親がうるさいから。
 しかしやっぱり一番大事な事は最後の「また別のたくさんのたくさんの生活がある」、生きている人々が居るって事が、ここが性根です、この詩の。石英閃緑岩を通り越して、水も、しかしその川の流域には、あるいは流域の奥よりかもしれない。そこにもなを何千何万という何っていう人々が、お百姓達やいろんな人達が生きていて、それがそれぞれの生活をしているってことは、この娘が知らなければならない事だと思って教えた、

 

 なるほど、やあ、あの尾崎さんの詩がよくヒューマニズムって事が言われている。その辺で私、今判ってきたんですけれども、やはり人間ってものを発見してつかんでゆくところにやがて、

 

 それが一番大事です。自然ももちろんいいですよ。そりゃ自然は自分たちの情緒を豊かにし、それから世の中の不思議さ、驚き、不意に驚く。それはそうですけれどしかし大事なのは人間です。お互いに励ましたり、一生懸命働いて、この人々に対する気持ちが一番大事なことだと、それを教えるために、そういうことを教えるためにこれを教科書ととして、大きな教科書ですよ。

 

 

そうですね、風景も自然も人間も教科書であるという、そこでその詩と人生って言いますか、一番根本的な事をですね今日はぜひお伺いしたいいんですが。しと我々が生きてるって事と関わりをどういう風にお据えになっているか、

 

 まあ、生きているって事と詩との関わり合い、直接にはありませんよ。しかしまた大きく見ればね、この不思議な宇宙、まあ宇宙ちゃ大げさな世界ね、人間がいったい生きている。生まれてから幾十年かたつと必ず死んでしまう人がね生きているんですから、これが一つの不思議じゃありませんか。
 それでしかもその人達は悦びも有り、悲しみも有り、色々しながらとにかく生きていって、人と付き合って、皆が交わりあって、戦争もございますよ。色々ありますが、その事が実に不思議であり、同時にね、そう言うはかなさを知っていながら人々が生きているって事、

 

 つまりやがて死んでしまう。

 

 ふんで、ちゃんと承知していながらお互いが生きている。愛し合ったりしますが。そりゃね、僕はね、ひじょうに美しい事だと思う。

 

 それ自身が、詩であると。

 

 そうだと思います。そこから詩が、詩的情緒ですか、生まれてくる。

 

 こうやってお話をして言うことも詩だと、

 

 もうすでに私は詩を感じていますね。あなたと初めてこうやって話しながら、本当に僕が長生きすればこそ、そういう事になっているんです。
 だから本当はね、詩は長生きをして、で不断から詩の心を持って、詩的感情を豊かに持っているとね、大変幸せなんじゃないかって。

 

 そすると、我々の生命が終了する、死と言うことについても、

 

 ええ、それも。死ぬと言うことは別離ですね。そいつもポエム、ポエジー、

 

 ああそうですか。

 

 と僕は思います。

 

 

 いや、それは非常に深い思想だと僕は思いますね。
それではですね、まあ、いろいろまだお話を伺いしたいんですが、ここで尾崎さんのお好きな詩を一つ読んでいただいて、何かお話をお伺いしたいんですが、一つお願い致します。

 

 上手く読めませんけれど‥‥‥
私は音楽が好きなもんですから、音楽を一生懸命やっている田舎の女の先生の事を書いた詩を読みます。
 題は「田舎のモーツァルト」

 

    田舎のモーツァルト

    中学の音楽室でピアノが鳴っている
    生徒たちは、男も女も
    両手を膝に、目をすえて、
    きらめくような、流れるような、
    音の造形に聴き入っている。
    そとは秋晴れの安曇平、
    青い常念と黄ばんだアカシア。
    自然にも形成と傾聴のあるこの田舎で、
    新任の若い女の先生が孜々として
    モーツァルトのみごとなロンドを弾いている。

 これは実際にあった事でしてね、ある中学、これは安曇平ですから松本の先の小さな中学で、そこへ見学に行きました時にやっているんです、まだ入られたばかりの女の先生でしたがね。
 そうすると、信州の子供ですからね、ほかの子供たちもそうでしょうけれども、とにかく本当に熱心に聞いているんです。

 

 この、モーツァルトの曲をね。

 

 ほっと、先生が本当に孜々としてして、若い先生が弾いているんです。
外は秋晴れの、本当に安曇平ですね。
 ほうで、ここじゃ「あ」と「あ」が、「あ」の字がみな生きているんです。
  そとは秋晴れの安曇平
  青い常念と黄ばんだアカシア
 「あ」が四つあるんです。

 

 ああなるほど、

 

 これは詩的技巧ですけれどね、やっぱりそれでも、イメージとして出てくる。音楽と自然と、それから子供たちの真面目さと、女の先生の真面目さと、そこんとこが詩になりますね。これ。

 


 非常に新鮮な世界を、私感じるんですけれど。
それじゃもう一つ詩をお願いします。

 

 これも秋です。カケスって鳥がありますね、きれいな可愛い青い羽根をした毛が。声は良くありませんが、ゲーゲーって鳴きます。

 

かけす

山国の空のあんな高いところを
二羽三羽 五羽六羽と
かけすの鳥のとんで行くのがじつに秋だ
あんなに半ば透きとおり
ときどきはちらちら光り
空気の波をおもたくわけて
もう二度と帰って来ない者のように
かけすという仮のの名も
人間との地上の契りの夢だったと
今はなつかしく 柔らかく
おりおりはたぶん低く啼きながら
ほのぼのと 暗み 明るみ
見る見るうちに小さくなり
深まる秋のあおくつめたい空の海に
もうほとんど消えてゆく‥‥‥

 何かあの、朗読の、こうやって今お伺いしていると非常に細かい気をお配りになって読んでいるように。何かこつ、いやこの詩はこう読むんだという、もしもそれお有りになったらお聞かせ‥‥‥

 

 まあ作者本人があれですから、一番良く分かっているわけですから。
ここはだんだん消えていく鳥たち。今まで一緒にずっと春夏暮らしてて、一緒に暮らしてた。家のまわりにも沢山おりましたが。
 これは一体、あの富士見高原で書いたんですが、八ガ岳の麓の。
 それがね南の空の方へ飛んで行くんです。伊豆半島へ行くんだか、どこへ、紀州へ行くんですか知りませんが、暖かい所へ行ってしまう。
 たか〜く。普段は低い所を飛んでいるくせに、高いところを飛んで行くんです。それで、なんていうんでしょうね。

 

 そのゆっくりとね、飛んで行くところが。

 

 う〜んそこがね哀れ、別れ。

 

 それから詩のリズムとしても朗読に生かす。

 

 ええ、朗読にはそれを生かさなくっちゃ駄目でしょうね。あの、前のやつとはまるで違う、調子が違いますね。空間の感じも出なくちゃいけますまいし、人の世の契りみたいもんだった、仮の契りだったような、そういうはかなさも出さなくっちゃならないし。それでいながら、多分低い声で啼いているんだろうっていう風に思いたくなるし、それと段々行ってしまうっていうと、詩の読み方もだんだん遅くなって、調子が遠いものになってしまう、かすかになる。

 

 

 これあれですか、そこでお書きになったと。今おっしゃったけれども尾崎さんは、

 

 これ一息に出来たんです。

 

 でいわゆる現地っていうか、その山なら山の、そこでお書きになる事が多いんですか。

 

 そうですね、私は帳面へね気に入った言葉、こりゃいいなと思うやつは、いつでも手帳を持っておりましてね、そいつにすぐに書くんです。
 今日も書きましたが、一寸した電車なんかの踏段、バスの踏段でも一つ上がった拍子に、ひょいといい言葉が出るとすぐに忘れないうちに書いておくんです。
 そいつが真中、中心になることも有りますしね。書き出しになる事もあるし、色々ございますが言葉、大事なんだから、詩人にとっちゃ言葉が一番大事ですから。

 

 で、その場でつかまえて、湧いてきた言葉が一番生きている、

 

 生きていると思いますね。そりゃ後で色々装飾すれば出来ますがね。やっぱりこうやってお話しする時に、僕の、つまり語気の荒さって言いますか、あるいは優しさと、そういうのが出るのとおんなじように。

 

 ああ、そうですね。

 

 そうでしょ、その場のもの、

 

 そうすると雲見て、あるいは鳥を見て、もうすぐそこである言葉がうかぶと、そこに詩の心も一緒に、言葉と一緒に詩の心が、詩の心がまた言葉を発見する、

 

 だから、どういう詩を書いて下さいなんて頼まれちゃ駄目なんです。やっぱり自発的なものなんですね。

 

 ああそうですか。や、どうも色々と有り難うございました。

 ええ今日は「詩の心」と言うことで、詩人の尾崎喜八さんから色々深いお話を伺いました。私達がやがて生命を終わる、
この死という事ですね、それも一つの詩として見ていくという、この尾崎さんの深い詩の心ですね、これはもう私も今日はこの言葉、私にとっても忘れられない言葉になりました。
 死というのはたいてい恐いものです。それをも美しいものとして見ていける心。どうぞ、今日の話を、皆さん方の人生の糧として下さい。
 さようなら。

 


   
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