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   尾崎喜八における「自然」

                            伊藤海彦 (詩人)

 

 一人の人間の本質を要約して、一行か二行かの言葉で言い表わすということは非常に難しい。ましてそれが芸術家であったというときは尚更である。そのことをまるで知らないという訳でもないだろうに、ともすれば人は一人の芸術家なら芸術を要約された肩書きのようなもので理解してしてしまう。いや理解したつもりになりたがる。

 たとえば詩人尾崎喜八の場合、理想主義的な詩人とか自然詩人とかいった言葉で一つの枠の中にいれてしまおうとする。むろん、詩人尾崎喜八は日常性の中に絶えず人間のめざすべき至高ものを追い求めているし、「自然」はその作品 - 詩と散文のすべてにわたって最も重要な柱といえるだろう。だからそのこと自体に誤りがあるとはいえない。だが、そう肩書をつけてしまうことで本当の理解がするりと心の掌から逃げて行くことを私はおそれる。

 尾崎喜八という詩人にとって、「自然」とはいったい何だろう。その作品を読むたびに私はくりかえしくりかえし考えたものだ。そしてあるとき私自身も又、要約されたいわゆる肩書のようなものに自分がまどわされていたことを知って愕然としたのである。「尾崎喜八は自然詩人ではない」そのときの私の心にうかんだのはいささか逆説とも思えるこんな言葉だった。尾崎喜八はたしかに自然をこの上もなく愛しているが、ただそれを賞美し陶酔しているのではない。動植物の生態、気象に地質に精通しているからといって、ただその博学を詩や文章にちりばめているのではない。尾崎喜八にとって、自然とは単なる風景ではないし、単なる観察の対象ではない。あえていうなら、尾崎喜八にとって自然とはむしろ人間なのである。人間をふくめての大いなるもの。一つの生命なのである。尾崎喜八は東京下町の商家の生れ、生粋の都会人だ。むろん生まれながら独特の優れた素質を持っていたからであろうが、当初の自然への傾倒は好学心にうらづけられた憧憬 - 彼方にあるものへの一種のロマンチシズムだったと思う。そしてそれは、はっきりいってあの古典的ともいえる名作「山の絵本」や「雲と草原」あたりまで内容はかためられつつも本質的には変わっていないといえる。しかし、その後、詩人にとって自然は変貌し熟しはじめる。「自然」は私人の向かう側ではなく私人自身の内部に入り、その景観を示しはじめる。外側にものから内部のものへ……この過程は見きわめないで尾崎喜八を簡単に「自然の詩人」といいきってしまうことは危険なことである。尾崎喜八は人間が本来享受すべき自然とな何かを示す。現実に存在する自然を描きながらそれはもう一つの自然、心の中にあるべき自然を掘り起こす。だからこそ日頃見すごしているただの風景にすぎない物が、詩人の作品をよむことで一つの自然として蘇えりわれわれの心に重いものとなるのだ。

 自然はいつも寛容だ。通りすぎる者はすぎるにまかせている。そこへ目をむけたものにのみ無限の恐ろしさと優しさで応える。詩人尾崎喜八もそれに似ている。いつも信ずるに足る視線に対して、その持主にのみ詩人の内部にはらんだ自然をあますところなく差し出し、その言葉で語る。尾崎喜八は自然の詩人でもあるが、それ以上に、詩人そのものなのである。

 

山岳名著シリーズ <あの頃の私の山> 月報 」より

 

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