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田舎のモーツァルト

       

       昭和41年1月20日  創文社発行 B5判・布貼角背・箱入・86頁
                  定価1500円
                  串田孫一カット・装幀
                  限定500部
                  別に羊皮紙・天金・著者署名入・布装帙入
                  特別限定本100部
                  定価3000円

2003年2月27日


目  次 

 冬の雅歌

 不 在

 妻 に

 ハインリッヒ・シュッツ

 秋

 霧と風の高原で

 岩を研ぐ 

 春の葡萄山

 モーツァルトの午後

 出合い

 歳 月

 田舎のモーツァルト

 ひとりの山

 七月の地誌

 回 顧

 車窓のフーガ

 高処の春

 あかがり

 復活祭の高原

 山中取材

 野の仏

 蝉

 或る石に刻むとて

 湖畔の朝

 和田峠

 馬籠峠

 上越線にて

 鴨

 受胎告知

 春 興

 桃咲く春

 高地牧場

 故園の歌

 十年後

 朝の門前で

 草津白根

 予 感

 飼育場風景

 後 記 

 

 

 

冬の雅歌

日曜日のおだやかな朝をくつろいで、
書斎の電蓄でパレストリーナを聴いている。
「われは色黒けれどなお美わし」と
「わが上に彼のかざせし歌は愛なりき」、
フリーブルの少年聖歌隊が清らかな声で
ほとばしるようにけなげに歌うソロモンの雅歌だ。
私のためにそおような愛や誇りや、
かぐわわしい風、せせらぐ小川はすでに遠いが、
老境の太陽はいま庭の枯れ木を柔らかに染めて、
冬の大空がその歌のように晴ればれと青い。

 

目 次


 

不  在

 

孫の一人は房総の海べへ水泳の合宿に行っている。
その姉は白馬の登山に母親とけさ出かけた。
ひっそりと後に残った妻と私、
閑居というには少し寂しすぎる家と夏だ。
どんな波を凌いで小さい彼が遠泳の鍛錬に堪えているか、
どんな定めない天候が若い彼女らの登攀を待っているか。
壁に貼られた日課表や主のいないピアノを見るにつけ、
遠く放ってやった幼い者らの上に不安な思いが行きさまよう。
妻は彼らの不在の部屋部屋を掃き清めている。
私は書斎でペンを手に苦吟している。
蝉が鳴きしきり、風と熱気の吹きかわる家で、
私達にそれぞれの日の営み。
「汝らこんにちまで我が名によりて祈りしことなし」
それでも私は老いたる家長だ。
私の夏の勤労は彼らにもいささかの貢献でなければならない、
今夜妻と聴こうと思う「われは善き羊飼なり」に値しなければならない。

 

目 次 


 

妻 に

 

晩い午後のひとときを私がなおも机にむかって
ペンを手に一篇の文章と闘っているとき、
お前は音もなくこの部屋へ入って来て
静かに憩いと慰めのお茶を置いて去る。
四十幾年の生活を倦みもせずにいそしんで
お前が常に私のかたわらに在ったということ、
遠く人生の大河を共にくだった私達の小舟で
お前がいつも賢い楫取りであったということ、
それはお前が私にとっての守護の天使、
この家と家族にとっての守護の霊だということだ。
そしてそのお前への深い信頼の中心に
私は安んじて生の錘を下ろしてきた。
人々への善意と、自分自身へのきびしさと、
撓むことのない忍耐力とはお前にあっての三つの徳。
わたしのたまたまの我執の闇を明るく優しく照らすために
お前は静かに愛と警告の灯を置いて去る。

 

目 次 


 

ハインリッヒ・シュッツ

 

静かに歳の坂を下る丘の上で、シュッツよ、
在る日私はあなたの音楽に初めてまみえた。
そしてヨーハン・セバスチアンの豊かな世界の広がりの上に
遠くあなたの星座の輝くのを見た。
それ以来あなたの芸術は
私の仰ぎ見る精神の天界図のなかで、
いよいよ独自の光を強め、輪郭を明らかにしながら、
善に通ずる美への遥かな郷愁を奏でている。
あなたの高らかな決然とした抑揚は
ともすれば凡庸に堕する私の生活を奮い立たせて、
私を最後の旅路へと充実させる。
そしてあなたの凝縮された宗教的情緒は
時にゆるやかに解かれ、花のように咲きひろがって、
私の最後の園を聖なる薫りと色とで満たす。

 

 

目 次 


 

 

風が一日じゅう家の中にいた。
窓をめぐる林の木々に
朝から黄ばんだ乾燥の響きがあり、
敷居をこえて横たわる板の間の日光に
金のような重みがあった。
いつか洋書店の棚で見た小説の題の
Merveileux nuages というのがしきりに思い出された。
だが私の窓からの青空にも
一連の高い白い雲が
十月のきれいな分散和音を撒いていた。
物を所有して物の命に語らせようとする心から、
書棚の隅でひっそりと古びている
スイスの牧場の小さい羊の鐘を振ってみた。
硬い橡の舌が黄銅の鐘壁を打って、
私の国でない国の秋の響きで柔らかに私を満たした。

 

  • Merveileux nuages 「すばらしい雲」メルヴェーユー・ニュアージュ

      

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  霧と風の高原で

 

    濛々と打ちよせる美ケ原の霧の中に
    私の詩をきざんだ石の塔が
    白く寂しく立っている。
    若い頃の勢い込んだ未熟な詩だ。
    それにしてもこれを書いてもう三十年、
    年月は知らぬまに私を老いさせ、
    放牧の牛馬は昔のままだが、
    この原のもとの姿を著しく変えた。
    霧の波涛を運んで吹きつける強風が
    四角な塔の角々で鋭い笛を鳴らしている。
    防風のヤッケに厚い手袋、
    この老いをあざけるように、怒るように、
    私の髪の毛も風に揉まれて逆立っている。
    鎖を引いて塔の重みの鐘を鳴らせば、
    遠く飛びちるその響きが
    無常迅速の警鐘のようだ。

     

     

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岩を研ぐ 

 

    早春の縁側に花を敷いて
    さっきから岩にかけらを研いでいる。
    クローム・モリブデン鋼の定盤へ
    金剛砂を振り、水を垂らして、
    むかし信州の山奥で採集した
    緻密で、堅く、夜のように蒼い
    人塊のアルカリ石英斑岩を研いでいる。
    書くという作業の中で草案の詩が形を成し、
    時に抜群の一句が踊り出るように、
    平静な心をこめた研磨をとおして、
    研ぎ汁の雲のようなもやもやの底から
    絢爛たる石理の彩が浮き出るのだ。
    きさらぎのそよかぜ庭をわたり、
    白梅の枝から枝へ四十雀が鳴き移る。
    手の中の岩石むかしを歌って
    聳々と五竜、鹿島槍の思い出をそばだたせる。
    腕をまわして私は研ぐ、私は研ぐ。
    粉を振り水を滴らせてこの堅硬を研いでいる。

     

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  春の葡萄山

 

    葡萄山の葡萄の株は
    まだその蔓を編むにいたらない。
    脚榻へ乗った女たちの鄙びたてで
    はりひろげられた太枝の均斉から、
    柔らかいあかがね色の蔓が伸び
    葉の萠発が歌のようにはじまるまでには、
    雨と太陽と週間日と日曜との
    なお長い一月がまたれるだろう。
    土地をこぞって満開の
    桃の花の桃色の雲に圧倒されながら、
    雲と豪毅の山岳に見まもられて
    葡萄山の葡萄の株の
    みやびやかな「時」の中でのこの隠忍。

                 (或る年の四月十七日、甲州勝沼にて)

     

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    モーツァルトの午後

 

    気だてのいい若い綺麗なおばさんのような
    マリア・シュターデルがモーツァルトを歌っている。
    「すみれ」「夕暮れの気分」「別れの歌」などを、
    日本の音楽堂でのリサイタルだと言うのに、
    まるでスイスの自宅でのもてなしのように
    くつろいで、まごころこめて歌っている。
    これが本当の歌というものだ。
    そして一曲が済むごとに、
    聴衆の溜息と拍手に答えながら、
    伴奏者の夫君にも片足引いて
    ピアノ越しにお辞儀をする。
    こんなに家庭的で、幸福で、貞潔な
    モーツァルトというものに出会ったことがない。
    この音楽の神の寵児は重い借財と屈辱と
    死への諦念の晩年に
    いくつもこんな珠玉を書いたのだが、
    それをこうして供される心が涙ぐましく、
    深く喜ばしく、敬虔だ。
    シュターデルは最後に晴ればれと「ハレルヤ」を歌った。
    そとへ出ると初夏の昼の東京が田舎のようで、
    日が照って、雲が浮かんで、並木がそよいで、
    いかにも今聴いたモーツァルトにふさわしく、
    友と私とは町角ののビヤホールで
    重たいザイデルをがっちりと打ちあわせた。

     

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    出合い

 

    松本や大町でなら知らないこと、
    東京も中央区西銀座の夏の夕べの
    憂鬱で綺羅をつくして圧倒的な
    人と物とのむなしい大渦巻きのまんなかで
    ばったりと彼に出会ったのだ。
    ふるさとの山の香や原生林の匂いのする
    いつもの上着にかぶり古したベレー帽、
    小里頼忠は私の方にあの肉の厚い両手を置き、
    人なつこい美しい眼を大きくあけて、
    東京もこんな処であなにと、
    問いただすように私を見た。
    山で結ばれた男同士人間同士の真情は、
    六月宵のこんな都会の雑踏の中でも、
    颯々と西風わたるアルプスの
    岩の小径の上でのように通じ合った。
    囂々たる時と空間の流れを堰いて
    そこに我等の時点を確立した一瞬が、
    なんと静かな深い永遠だったろう。
    そしてもしも別れた後の私達の行動に
    何か非凡なもの、清冽なものがあったとしたら、
    それはこの数分間を高鳴った
    幸福な和音の余韻だったに違いない。
    ハレルヤ!

     

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    歳 月

    むかし春の空気に黒鶫が歌い、
    夏の光に葦切が鳴きしきった
    あの美しい三つの沢を横ぎって、
    いま、白い堅い大道が無遠慮に走っている。
    それで私の心がほのかに痛む。
    むかし野薔薇が雲のように咲き埋めた
    尾根の突端にいま知らぬ他人の家がそびえ、
    蓮華躑躅があかや黄色の炎をかざした
    丘がうがたれた乗合バスが揺れてゆく。
    心よ、傷つけられた思い出に哭くなら哭け。
    しかし眼を上げて遥かを見れば
    残雪の鳳凰、甲斐駒、八ヶ岳、
    耳をすませば草吹く風に飛蝗の羽音、
    高原の魂まことに旧を懐わせる。
    それならば、心よ、せめてこの瞬間の現実の
    高く遠く変わらぬものに慰められてあれ!

                     (信州富士見にて)

     

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    田舎のモーツァルト

    中学の音楽室でピアノが鳴っている
    生徒たちは、男も女も
    両手を膝に、目をすえて、
    きらめくような、流れるような、
    音の造形に聴き入っている。
    そとは秋晴れの安曇平、
    青い常念と黄ばんだアカシア。
    自然にも形成と傾聴のあるこの田舎で、
    新任の若い女の先生が孜々として
    モーツァルトのみごとなロンドを弾いている。




    信州安曇野穂高町穂高中学校にこの詩を刻んだ碑がある。尾崎喜八が詠んだこの詩は、
    この中学校での出来事だと言われている。
    禄山美術館の裏、校門を入って左側の芝生の中にある。

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    ひとりの山

 

    若い仲間は男も女も
    軽い翼を足につけて
    颯爽と氷雪の高みへ出発した。
    私は古い重たい山靴に岩を噛ませて、
    水が浸み出し枯れ木がけむるところを登っている。
    大した山ではないが千メートルの登高だ。
    人生をあつい思いで抱きしめながら、
    時にはその愚劣さを怒り、かなしむ。
    老年の山登りはこの多元不協音の解決だ。
    若い世代を今日は伴わない単独行。
    若いジャン・ジャックの孤独の散歩も
    ちょうどこんなだったに違いない。


     

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    七月の地誌

 

    「右 山道、左 農道、中 十文字峠道」と
    開拓地入口の太い丸木の道標
    墨くろぐろと立派な書体で書いてあった。
    ここはq信州梓山戦場ヶ原、
    えぞ春蝉の斉唱が波のようで、
    豹紋蝶がぴかぴか飛んで、
    あやめ、うつぼぐさが咲き続いて、
    梅雨晴れ七月のまっぴるま、
    照りつける日光はさすがに暑いが、
    そよそよと千曲の谷から吹上げる
    緑の風は水のように冷たい。
    路傍の木陰の弁当をひらく。
    息子ほどにも若い道連れの地理学徒が
    周囲の山とこの大地との調和景の成因を
    太古の湖に結びつけて推論する。
    私はその意見に傾聴しながら、
    二十数年前曽遊の糸のような山道を
    熱暑に霞む三国山の中腹に目でさがし、
    浄福とは生涯の喜び悲しみのアラベスクを
    織り上げた果ての広々とした憩いにあるのだと、
    『我は足れり』の秋のようなカンタータを
    心の中で歌っている。
    むこうの谷の斜面に慈悲心鳥の声、
    近くの樹からあおじの落す念珠の歌。
    十文字峠が三日月のようにたわんで、
    一片の雲を浮べた秩父の空が青貝色だ。

     

    註 地理学徒とは NHKで災害、特に地震があると必ずと言ってほど解説に登場する
      伊藤和明氏である。
      最近ではラジオ番組「夏休み子供電話相談」でも地学関連の回答者になっている。

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    回 顧

 

    いたるところに歌があった。
    いくたの優しいまなざしがあり、
    いくつの高貴な心があった。
    こうして富まされたその晩年を
    在りし日への愛と感謝と郷愁で
    装うことのできる魂は幸いだ。

     

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    車窓のフーガ

 

    疾走する列車の振動とリズムにつれて、
    波のように旋回しながら
    近づいてはまた遠く行き去る
    玉虫いろの夏の自然と
    真昼の山々の壮大なフーガよ!
    たえず風景の変遷する車の窓に肩肘ついて、
    やがて三時間、君は私と対坐している。
    それは安んじてみることのできる三十何年の顔、
    しかも今にしてなお新しく
    思わぬ発見に驚かされる人間の顔だ。
    いかに愛すればとて、人はついに
    他のたましいの暗い天には徹し得ない。
    しかし互いに似かよい、転回し、逆行し、
    或はひろがり、或はリズムを変えながら、
    友情の長い一曲を織り上げてきた。
    それは調和の技法にすぎなかったろうか。
    否、その対位法には異った個性の錬金があり、
    誠実の造形と創造があった。
    そしてその君と私とのたまたまの旅の車窓を、
    今、人生と夏の眺めの壮大なフーガが飛ぶ。

                      (串田孫一君に)

     

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    高処の春

    「今宵ここに咲く薔薇あり」ベルリオーズの「ファウスト」
    下界はもう春も尽きて水無月という六月だが、
    ここ日本北アルプスの高い谷間は
    峯々の雪がようやくゆるんで、
    なごやかな季節に目ざめたばかりだ。
    徳沢の原をいちめんにうずめる
    みやまたんぽぽの黄とてんぐくわがたの空色、
    ところどころに岳樺や落葉松の巨木が立ち、
    そこらじゅうから赤腹の声がきこえて、
    たけなわというものにも強すぎるような
    柔らかに深い高処の春だ。
    草の上にのびのびとあおむけに寝て、
    私はほとんどなにも思わず、何を考えようともしない。
    ただ極みもなく青い空の深淵を見上げ、
    奥股白の大きな裂け目に
    稲妻のようにひかる残雪をながめて、
    「遠くへ来たな。高い処にいるのだな」と、
    そんな意識がふと頭をかすめるばかりだ。
    塵労の都会へ帰れば容赦もない生活の仕事。
    今はただ魂をこの静寂に遊ばせて、
    思い出に重い老年を谷間の春にゆだねている。

     

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    あかがり

         (ふゆの夜ばなし)

    あかがり。つまりあかぎれ。
    そのあかがりで思い出すのだ。
    山みちはちりちり紙の造花のような
    まんさくの黄色い花がひっそり咲いていた。
    雪解の水にしたたか濡れた朽ちた葉の下から
    堅い岩かどが靴底を噛んだ。
    ちょうど峠の登りがぐるぐる廻る山の鼻、
    朝日のあたる崖のふちにたたずんで
    僕は最後の一瞥を昨夜の貧しい村へ送った。
    谷が見え、橋が見え、分教場の校舎が見え、
    僕を泊めた小さな小さな旅人宿も見えた。
    そしてその低い二階の障子の白さが
    なぜか悲しく僕の心をしめつけた。
    ああ、その時だった。
    頭の上から朝の空気を押しやぶって、
    まるで何か天体が接近して来るように、
    学校へゆく少女の一団が歌を歌いながら下りてきた。

      あかがり踏むな後なる子、
      われも目はあり先なる子、

    それは強く美しい輪唱風の合唱だった。
    古代日本の豪毅で素朴な民族の感情が
    早春三月の水のように
    潺々と惻々と胸を打ってくる歌だった。
    さざなみの滋賀の都や青丹よし寧楽山かけて、
    あかぎれ切らし、たもとおった鄙の乙女ら。
    遠くその血をうけつだ者が隊伍を組んで通過する。
    或る子は古いゴム靴を、或る子は下駄を、
    或る子はすり切れた草履だった。
    その行進には若い動物のそれのような精気があった。
    しょして一人一人が僕にぺこりと頭を下げた。
    僕も帽子の庇に手をかけて、
    崖を背に、道をゆずった。
    少女の列はつむじ風のように過ぎ去った。
    やがて再び聞えて来るあの合唱、
    麓をさしてしだいに遠く
    ちぎれちぎれになるその声ごえ、

      あかがり踏むな_
      _目はあり、目はあァりィ_
      _先なる子ォ_
     踏ゥむなよォ_

     

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    復活祭の高原

    長い冬をひろびろと枯れた高原に
    けさは柔らかな風、清らかな光がながれて、
    どこからか祝祭日の鐘が響いてくるようだ。
    瑠璃いろの山肌に千筋の滝かと
    銀を走らせている残雪の縞模様、
    浅間の山の浅い春がいかめしくも優しい。
    よく見れば落葉松にも涙のような緑のつぶつぶ、
    おりおりの風にざわめく笹原にも
    やがて鴬の試みの歌が聴かれるだろう。
    小さい角のような花の芽をつづった白樺、
    その枝でもう囀っている一羽のあおじ、
    山の端をはなれる雲の形もすでに春だ。

     

     

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    山中取材

    孫のような年ごろの若い女性を道づれに
    私は晩春の花崗岩の谷を登っていた。
    四十年前のその頃の友と一緒に下った谷、
    一つの登山のキロを急いだ谷を。
    女は靴紐がその柔らかい肩へ食い入るばかりに
    仕事のための重い録音機を掛けていた。
    私にはそれがいじらしく痛々しく思われた。
    だが私は私で老いには重い袋を背負っていた。
    道は白い岩の楼閣の中の狭くて急な
    足にも肌にも触れれば粗剛な登りだった。
    しかしみそさざいの棲む水はつねに涼しく清らかに、
    山吹や岩つつじの花が谷のそここを照らしていた。
    私は目に触れたもの、気づいた事を何くれとなく
    このけなげな女に教え、女に話した。
    若い彼女は私の老いの富から汲みとった、
    その器量に応じて、好ましいと思うものを。
    谷のつめに一すじの高い滝が懸かっていた、
    ねじれてほどけた布のような美しい滝が。
    女は滝壷近くまで岩伝いに下りていって、
    録音機のスイッチを入れ、テープを廻した。
    私は用意のコニャックの封を切って彼女を待った。
    滝の音も小鳥の歌もうまく採れたらしかった。
    彼女は私から祝福の一盞をうけとると、
    「おじさま」と言いたげに、にこやかに乾杯した。

     

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    野の仏

    景勝の地に彼らを置くな。
    むしろ星の流転と雨風の侵蝕、
    草木の盛衰にそれをゆだねよ。
    ああ、これら、
    やがてはすべての煩悩から解き放たれて
    純粋な歌と化し、
    匂いと化すべき愛惜の形姿のむれを。

     

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    生いしげる木立に囲まれたこの家を、
    晴天の毎日、今はさまざまな種類の蝉が
    早い朝から日の暮れぐれまで鳴き埋める夏だ。
    すでにいくらかは数は減ったが
    まだ綿々とつづく細い強い糸のように
    耳の底や湿った苔にまで浸み入るニイニイ蝉の声、
    夜明けと夕暮れの広々とした涼しさに
    複音のハーモニカを吹き鳴らすヒグラシ、
    暑い昼間を一斉に鳴きつれて
    煮えたぎり泡だつようなアブラ蝉、
    高い木々の太い幹から悠然と歌をはじめて
    しだいに力を増す荘重な声の振動で
    空間を圧するミンミン蝉、
    さては熱と光のこの季節を
    早くも秋へと誘いこもうとするような
    ツクツクホウシの性急な輪唱。
    彼らはその姿すべてとりどりに美しく、
    鋳金や七宝を想わせる堅いきらびやかな頭や背に
    玻璃のように薄くて透明なのや
    飴色で不透明な長いつばさを伏せている。
    この土地の夏の主、この家の夏の客
    輝かしい一季節を歌いつぎ生き深めながら
    やがての秋の初風に
    或る朝その軽く乾いた小さい骸を
    なお栄える世代の樹下や草の間に横たえて
    よく生きた者の悔いなき死を教える一つの典型よ!

     

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    或る石に刻むとて

    流転の世界、
    必滅の人生に、
    成敗はともあれ、
    人が傾けて悔いることなき
    その純粋な愛と意欲の美しさ!

     

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    湖畔の朝

    路傍の岩の突端に腰をかけて、
    大正池の青い奥深いひろがりと、
    その水面に夢のようにゆらゆら揺れる
    大らかな穂高の投影と、
    向うの原の果てから山腹へ濠々と涌きのぼる
    岳樺の夏の緑に見入っている。
    朝の時間がまだ早いので
    路には車や人の影もない。
    四方にそびえ立つ山の砦の
    その真上だけこうこうと抜けた夏空。
    アルプスの朝を一人我が物としているという思いに、
    ふと、都会の人達への憐みが心をかげらす。
    岳鴉が一羽やわらかに鳴きながら
    いめ、水の上の空を飛んで行った。
    気がつけば焼岳のふもとの林でも
    しきりにるりびたきが歌っている。
    その焼岳の押し出した広い泥岩流の紫を
    点々と彩っている若木の緑が珠のようだ。

     

     

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    旅の秋が隈なく晴れて
    姨捨から猿ヶ馬場へのもみじの炎、
    そこの森閑とした山上の大池に
    おりから星羽白の大きな群が下りていた
    午後の弱い日ざしをうけて赤銅色に輝く頭、
    漆黒の胸と灰白色繧繝模様のまるい背中、
    彼らは或は水上に浮き。遊泳し、逆立ちし、
    或は渚の砂に暖かくまどろんでいた。
    そのつやつやと張りきった舟底形の胸や腹が
    私に鴨類への食欲のようなものを感じさせた。
    しかし詩人ジュール・ロマンでなかった私は
    赤い葡萄酒を思って宿へ急ぐことはしなかった。
    その夜稲荷山での招宴に鴨の肉が出た。
    葡萄色の大切れが厚い鉄板の上でかんばしく焼けた。
    わたしはあの池での不覚な欲望を心中に恥じながら、
    笑止や、それとこれとを峻別するのに大童だった。

     

  *ジュール・ロマンの詩に「コモ湖畔の四羽のあひる」という佳品がある。 

     

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    和田峠

        (押韻十四行詩)

    上の諏訪、下の諏訪かけ
    桃、桜、花さく春を、
    山高く、ここ和田峠、さるおがせ錆びし青色。
    岩の間に節分草に
    いじらしさ添うる春の陽、
    そが上の芽立ちの枝に、
    歌潔し、一羽のあおじ。
    わが性の石を愛ずれば、
    黒曜のかけらいくつか、
    拾いてぞ手にして立つを
    真似てけん、兄と妹の
    山越ゆる幼な同胞、
    彼らまた、石をからから。

     

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    馬籠峠

       (押韻十四行詩)

    草も、木々のもみじの
    ほそみちに苔むす巌、
    たまたまの水は冷たく
    張りめぐる霧の蜘蛛の巣。

    人たえて通わぬゆえか、
    蓼、野菊、分けてもて行けば
    靴濡れてズボンもしとど、
    山鳥の羽音のどどど。

    木曾行きて六日の旅に
    いやはての今日の峠路、
    晩秋のあおぞら割れて
    やがて立つ馬籠の峠、
    木曾恋し、美濃は明るし、
    藤村の里に乳牛。

     

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    上越線にて

    この世での他人とのほだしやきずなを
    あだしごととして思い捨てない心には、
    旅の車窓から眺めてすぎる誰彼の
    生れて故郷が歌のようだ。
    群馬総社、渋川、沼田がそれだった。
    やがて清水トンネルから魚野川の流域へ。
    そこに『北越雪譜』
    の鈴木牧之の
    冬は豪雪にうずまる塩沢があった。
    さて次なる駅の六日町こそ
    私の健康を管理している人のつつましい郷里、
    東西を山に挟まれた帯のような渓間盆地に
    青々と晩夏の稲田がそよいでいた。
    疾走する列車の窓から暑いまなざしで私は見た、
    陽とっがそこで育ったという田舎の町を。
    今のドクターでない少年の日の彼への思いが私に芽ぐみ、
    飛び去る山里に歌のような余韻があった。

                      (鈴木仁長博士に)

     

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    受胎告知

    静かな街角を曲った私が
    ふと或る邸の庭に聴きつけて
    じっと佇んでしばし見とれた四十雀よ、
    お前はあの針のような嘴から、自身のうちの早春を
    銀色の旋律につむいで
    二月の庭の枝から枝へからげていた。
    そうして午後を傾く日光と
    こうこうと晴れた空の下、
    ふたたび歩きつづける道の上で、
    お前にもらった早春の歌から、
    冬と老いとにむすぼれた私の心に
    今、ゆくりなくも嬉しい変潮のきざしがある。

     

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    春 興

    人の世へ出て一本立ちができるように
    作品には丈夫な手足と、美しい頭と、
    熱い心臓とがつけてある。
    だからめいめいどんな他国へでも散って
    ひろびろと固有の運命を生きるがいい。
    詩人はおもむろに晩年の生に習熟してきた。
    ああ、今宵きさらぎの琥珀の酒をくむ宿から
    梅花の渓のなんと荘厳な夕日だろう!

     

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    桃咲く春

    庭は緋桃の花ざかりだ。
    その色と香が明るく、艶に、ほのぼのと
    あたりを照らし薫らせているので、
    匂いのある人が赤い衣装で立っているようだ。
    鶫の歌や山鳩の声が響くにつけ、
    雲のかがやきがやがての夏を想わせるにつけ、
    時の歩みの迅速さに老いの自覚がおびやかされる。
    だが創造の喜びはまだ私に許されている。
    「我は足れり」のアリアがおりおりは口にのぼるが、
    「眠れ、やしらかに、汝疲れた眼よ」をまだ私は歌わない。
    常に摂理に聴く者は摂理の声に従わねばならず、
    光あるうちは光の中を歩まねばならない。
    春の大きな雲が暗み、明るみ、
    うみのような空が青々と柔かで、
    小鳥の声があの空間にも、この枝にも。 ───
    庭は緋桃の花ざかりだ。

                    (病床の北原節子さんに)

     

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    高地牧場

    海抜二千メートルの熔岩台地、
    空間の海のような美ケ原の高原で、
    ここに三頭、かしこに五頭と、
    すらりとした馬のむれが立っていた。
    残雪匂う北アルプスの山々や、
    木曽駒、御嶽、北信五岳を
    そよそよと吹き撫でて来る春の風、
    その清らかな輝くばかりの春風に
    昂然と頭を上げ、耳をふるわせ、
    たてがみをなびかせて立っていた。
    燃えるつつじの島のあいだに、
    海抜二千メートルの地平線を刻んで、
    動く林か記念碑のように
    馬という美しい高貴なけものが立っていた。

     

     

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    故園の歌

    郷愁が私をそこんへ駆り立てた。
    私は山と高原の風景にうなずき、
    昔の憩いの席だった
    道のべの苔蒸す岩をいとしんだ。
    やがて白樺、落葉松のしんしんと立つ
    森へ入る懐かしの山荘が現れた。
    しかし私の夢に交響するものはなに一つなかった。
    自然とはついにかくにも非情なものか。
    歳月とはかくも恬淡なものだったか。
    永い不在は見知らぬ美しい女のようで、
    逢っても何事も始まらず、
    山の空には疎遠の雲が二つ、三つ、
    小鳥の歌も鄭重に遠のいているようだった。

     

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    十年後

    田圃へおりてゆく青い細道、
    靫草の花に埋れた七月のこの道は
    かつての私に瞑そうと散策の道、
    そして今ではすべての思い出が老境の
    夏に装われて軽やかな道だ。
    整然と並んで清らかにそよぐ
    涼しい苗間に水鶏の声。
    むかしは取りを眼で求めたが、
    声のあるところを厳存を信じる今は
    ひとつの啓示としてそれを受け取る。
    かつて試みた山が四周の夏を横たわり、
    愛した雲が昔の姿で空に浮び、
    かの日の少女は妙齢の女として畦間にいるが、
    今はこの遠くからの再会に心足りて、
    私は山にも人間にも呼びかけない。

              (信州富士見高原にて)

     

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    朝の門前で

    もう毎朝がかなり冷たい。
    葉の落ちた木々の空でひよどりが鳴き騒ぎ、
    生垣にさざんかの薄紅が咲き崩れて
    やつでの花の白い道を、
    けさも勤めの人たちが駅へと急ぐ。
    毎夜のモーツァルトがまだ頭の奥で鳴っている。
    ピアノ協奏曲変ホ長調、
    そのはかない、澄んだアンダンテが、
    地に落ちた天使の郷愁のうたで
    私の朝のあらゆる思いをいろどっている。
    落ち葉を踏み、時どき空を見上げながら
    勤めへの道を急ぐ若い女や男の姿が、
    ふと、あの天使とその歌とを想わせる。
    そして私は何かに身を捧げたいような
    熱い思いで彼らのゆくへを見送っている。

     

     

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    草津白根

    むっとして、酸っぱくて、銭臭くて、
    気のせいか何か軟膏の匂いさえする
    湯の町草津の湯煙が下になる。
    渋峠の暗い山道にかけすは鳴くが、
    むかし鉈を打たせた鍛冶屋の小屋は影もない。
    半分白いまたたびの葉が昔は昔と
    諦めたように谷沢の太陽に萎えている。
    やがてからりと開けた芳ヶ平の草本帯、
    案内の小男はひどい汗っかきで、
    うらじろきんばえの可憐な花や赤い砂礫に
    手放しの汗をぽたぽた垂らす。
    煙草をやって、こっちも一本吸いながら、
    遠く近い北アルプスや日光連山、
    だんだんせり上がってくる夏山の、
    生きの姿に汗でかすんだ目を凝らす。
    もうすぐむこうに湯釜の火口湖、
    硫気のたなびく空の広がりが壮大な挽歌だ。
    「今にここもゴルフ場が出来るってね、旦那」
    そう言う顔が愚かで、卑屈で、なさけなく、
    なぜかむしょうに腹が立ってきた
    しかしその私のけちな不興やむしゃくしゃを
    草津白根を巻いて流れる夏風が
    歯牙にもかけず広大な空間へ吹き飛ばす。

     

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    予 感

    森の木々はまだおおかた
    針のような裸の枝や
    石柱のような幹の冷たさを眠っている。
    しかしその根もとのうず高い古い雪には
    移ろいやすい午後の日光が
    瞬間の屈折や反射をもとめて流れている。
    森のそとには三月の風が荒れ、
    高原の白茶けた起状が遠くたなびく。
    すごいほど澄んだ瑠璃いろの空に
    きらきら氷った山々の輪郭。
    しかし水辺の榛の木は紫の
    永い花穂から金の煙を散らしている。
    こんな予感は何ものでもなく、
    真実の春はなお未だしと人は言うか。
    だが耳を澄まして静寂を聴けば
    どこかでチチと鳴く小鳥の声がする。
    眼を凝らして荒寥を見れば
    雪間の野薔薇に芽のルビーも光っている。

     

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    飼育場風景

    雉の飼育場は渓谷に臨む村落のうえ、
    春まだはやい山の中腹にあった。
    南へ向いた段丘の暖かい青い空気に
    紅白の梅が星のつぼみをほどいていた。
    どの禽舎もおびただしい数の雉だった。
    つやつや光る赤や緑や紫紺や金、
    燦然として逞しい山野の美鳥が
    精悍の気をみなぎらせて闊歩していた。
    山も谷も麗らかな二月の土曜日、
    簡素で清潔なその事務所に
    ものしずかな職員二名、
    小さなラジオの函が小さいモーツァルトをやっていた。

                   (東京都下五日町にて)

     

     

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 後 記

 作品の中の一篇の題を採って「田舎のモーツァルト」と名づけられたこの詩集は、最近五年間に書いた数十篇のうちから私自身によって選び出されたもので、新しい作を前のほうにならべ、古い作を後にまわして、いわば現在の時と処と心境とから、いくばくかの昨日へさかのぼるという配列をとっている。もちろん悲喜こもごもの生に戦場を退いて、静かに老境の日光を全身に浴び、見果てぬ夢や願望のなごりの糸を、これを最後の装いとして紡いだり織ったりしている現状では、ここにかつての日々の汗や奮闘を望むべくもないが、これはこれでなおなにがしかの意義を持ち、少なくとも退役勇姿の老後の庭いじりとはまたおのずから異なるものがあるように思われる。しかし古い作と言い新しい作と言っても、それは「比較的に」という副詞を必要とするだけで、巻末に近い「朝の門前で」と巻頭の「冬の雅歌」や「不在」とをくらべる時、そこに聴かれる私本来の声、そこを貫く私の心と精神との機長に変ったものはないのであろう。

 私は多くの詩人が、その年齢を重ねるにつれて詩作から遠ざかり、詩を捨てる事実を常に遺憾なことだと思っている。もしも彼らにして精神の若さを失わず、心情の日を衰えさせあう、体力もなお適度の作業に堪えるものを持っているらば、その老境からはまた若年や成年の時には書けないような作品が生まれ得るものだと信じている。詩は人間の青春にだけ許された特権であり、その太陽は青春の時代の空にのみ南中するという考えはすでに古く、まだ幼稚な思い上がりでもあるだろう。真の詩人はそうした若い世代の勝ち誇った合唱の前にうなだれもしいなければ、卑下もしない。なぜならは老境とは言え彼には太陽があり、その正午の切実な南中と朝夕の親しい斜光とがあるからである。老いたる詩人はそこで歌い、そこで書く。そこには疾風怒涛の勢いに代って、厚い暗い苔をやしない、針葉樹の森にひびく泉の歌がある。戦場の興奮、恋愛の陶酔に代って、澄んだ諦念、晴やかな叡知、彼自身なおその歯車の一環であるこの世への誠と愛とがある。そして老人を敬遠し或は蔑視して片隅へ押しやる若い世代への、ねんごろな理解や警告すらもそこから生れる。「死して成れよ」の信条に支えられるかぎり、詩人はその老いの変貌の中でいよいよ美しい。

 詩集の「田舎のモーツァルト」もこういう信念からひそかに来た。或はつつましやかに来たと言ってもいいであろう。元来モーツァルトの音楽は青年たると老年たるとを問わず、貴賎の別なく、実に万人を喜ばせ、万人の愛に値し、また作曲家自身それを期待してもいた芸術である。時の霊感から言えば、それは地方の或る田舎の中学校とその音楽室でピアノを弾く新任の若い女教師と、それに聴き入っている純真でけなげな男女の生徒と、おりからの秋とその光と、周囲をかこく峻厳な山々のたたずまいとから触発されたものではあるが、そういうモーツァルトこそ私には真のモーツァルト、少数の貴人や知識人の専有物ではない、万人共有の宝であるモーツァルトだという気がする。そして田舎!ああ、わたしの郷愁の理想世界の姿であるこのいなかというもの。これこそ彼の芸術の本当のすみかでなければならなかった。そして願わくば私の詩も、またそのようでありたいと思っている。

                    1965年11月30日

                        東京多摩川河畔 烟霞草舎にて

                                 尾崎 喜八

 

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