田舎のモーツァルト
昭和41年1月20日 創文社発行 B5判・布貼角背・箱入・86頁
定価1500円
串田孫一カット・装幀
限定500部
別に羊皮紙・天金・著者署名入・布装帙入
特別限定本100部
定価3000円
2003年2月27日
目 次
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私の詩をきざんだ石の塔が 白く寂しく立っている。 若い頃の勢い込んだ未熟な詩だ。 それにしてもこれを書いてもう三十年、 年月は知らぬまに私を老いさせ、 放牧の牛馬は昔のままだが、 この原のもとの姿を著しく変えた。 霧の波涛を運んで吹きつける強風が 四角な塔の角々で鋭い笛を鳴らしている。 防風のヤッケに厚い手袋、 この老いをあざけるように、怒るように、 私の髪の毛も風に揉まれて逆立っている。 鎖を引いて塔の重みの鐘を鳴らせば、 遠く飛びちるその響きが 無常迅速の警鐘のようだ。
さっきから岩にかけらを研いでいる。 クローム・モリブデン鋼の定盤へ 金剛砂を振り、水を垂らして、 むかし信州の山奥で採集した 緻密で、堅く、夜のように蒼い 人塊のアルカリ石英斑岩を研いでいる。 書くという作業の中で草案の詩が形を成し、 時に抜群の一句が踊り出るように、 平静な心をこめた研磨をとおして、 研ぎ汁の雲のようなもやもやの底から 絢爛たる石理の彩が浮き出るのだ。 きさらぎのそよかぜ庭をわたり、 白梅の枝から枝へ四十雀が鳴き移る。 手の中の岩石むかしを歌って 聳々と五竜、鹿島槍の思い出をそばだたせる。 腕をまわして私は研ぐ、私は研ぐ。 粉を振り水を滴らせてこの堅硬を研いでいる。
まだその蔓を編むにいたらない。 脚榻へ乗った女たちの鄙びたてで はりひろげられた太枝の均斉から、 柔らかいあかがね色の蔓が伸び 葉の萠発が歌のようにはじまるまでには、 雨と太陽と週間日と日曜との なお長い一月がまたれるだろう。 土地をこぞって満開の 桃の花の桃色の雲に圧倒されながら、 雲と豪毅の山岳に見まもられて 葡萄山の葡萄の株の みやびやかな「時」の中でのこの隠忍。 (或る年の四月十七日、甲州勝沼にて)
マリア・シュターデルがモーツァルトを歌っている。 「すみれ」「夕暮れの気分」「別れの歌」などを、 日本の音楽堂でのリサイタルだと言うのに、 まるでスイスの自宅でのもてなしのように くつろいで、まごころこめて歌っている。 これが本当の歌というものだ。 そして一曲が済むごとに、 聴衆の溜息と拍手に答えながら、 伴奏者の夫君にも片足引いて ピアノ越しにお辞儀をする。 こんなに家庭的で、幸福で、貞潔な モーツァルトというものに出会ったことがない。 この音楽の神の寵児は重い借財と屈辱と 死への諦念の晩年に いくつもこんな珠玉を書いたのだが、 それをこうして供される心が涙ぐましく、 深く喜ばしく、敬虔だ。 シュターデルは最後に晴ればれと「ハレルヤ」を歌った。 そとへ出ると初夏の昼の東京が田舎のようで、 日が照って、雲が浮かんで、並木がそよいで、 いかにも今聴いたモーツァルトにふさわしく、 友と私とは町角ののビヤホールで 重たいザイデルをがっちりと打ちあわせた。
東京も中央区西銀座の夏の夕べの 憂鬱で綺羅をつくして圧倒的な 人と物とのむなしい大渦巻きのまんなかで ばったりと彼に出会ったのだ。 ふるさとの山の香や原生林の匂いのする いつもの上着にかぶり古したベレー帽、 小里頼忠は私の方にあの肉の厚い両手を置き、 人なつこい美しい眼を大きくあけて、 東京もこんな処であなにと、 問いただすように私を見た。 山で結ばれた男同士人間同士の真情は、 六月宵のこんな都会の雑踏の中でも、 颯々と西風わたるアルプスの 岩の小径の上でのように通じ合った。 囂々たる時と空間の流れを堰いて そこに我等の時点を確立した一瞬が、 なんと静かな深い永遠だったろう。 そしてもしも別れた後の私達の行動に 何か非凡なもの、清冽なものがあったとしたら、 それはこの数分間を高鳴った 幸福な和音の余韻だったに違いない。 ハレルヤ!
むかし春の空気に黒鶫が歌い、 (信州富士見にて)
中学の音楽室でピアノが鳴っている
軽い翼を足につけて 颯爽と氷雪の高みへ出発した。 私は古い重たい山靴に岩を噛ませて、 水が浸み出し枯れ木がけむるところを登っている。 大した山ではないが千メートルの登高だ。 人生をあつい思いで抱きしめながら、 時にはその愚劣さを怒り、かなしむ。 老年の山登りはこの多元不協音の解決だ。 若い世代を今日は伴わない単独行。 若いジャン・ジャックの孤独の散歩も ちょうどこんなだったに違いない。
開拓地入口の太い丸木の道標 墨くろぐろと立派な書体で書いてあった。 ここはq信州梓山戦場ヶ原、 えぞ春蝉の斉唱が波のようで、 豹紋蝶がぴかぴか飛んで、 あやめ、うつぼぐさが咲き続いて、 梅雨晴れ七月のまっぴるま、 照りつける日光はさすがに暑いが、 そよそよと千曲の谷から吹上げる 緑の風は水のように冷たい。 路傍の木陰の弁当をひらく。 息子ほどにも若い道連れの地理学徒が 周囲の山とこの大地との調和景の成因を 太古の湖に結びつけて推論する。 私はその意見に傾聴しながら、 二十数年前曽遊の糸のような山道を 熱暑に霞む三国山の中腹に目でさがし、 浄福とは生涯の喜び悲しみのアラベスクを 織り上げた果ての広々とした憩いにあるのだと、 『我は足れり』の秋のようなカンタータを 心の中で歌っている。 むこうの谷の斜面に慈悲心鳥の声、 近くの樹からあおじの落す念珠の歌。 十文字峠が三日月のようにたわんで、 一片の雲を浮べた秩父の空が青貝色だ。
註 地理学徒とは
NHKで災害、特に地震があると必ずと言ってほど解説に登場する
いくたの優しいまなざしがあり、 いくつの高貴な心があった。 こうして富まされたその晩年を 在りし日への愛と感謝と郷愁で 装うことのできる魂は幸いだ。
波のように旋回しながら 近づいてはまた遠く行き去る 玉虫いろの夏の自然と 真昼の山々の壮大なフーガよ! たえず風景の変遷する車の窓に肩肘ついて、 やがて三時間、君は私と対坐している。 それは安んじてみることのできる三十何年の顔、 しかも今にしてなお新しく 思わぬ発見に驚かされる人間の顔だ。 いかに愛すればとて、人はついに 他のたましいの暗い天には徹し得ない。 しかし互いに似かよい、転回し、逆行し、 或はひろがり、或はリズムを変えながら、 友情の長い一曲を織り上げてきた。 それは調和の技法にすぎなかったろうか。 否、その対位法には異った個性の錬金があり、 誠実の造形と創造があった。 そしてその君と私とのたまたまの旅の車窓を、 今、人生と夏の眺めの壮大なフーガが飛ぶ。 (串田孫一君に)
「今宵ここに咲く薔薇あり」ベルリオーズの「ファウスト」
(ふゆの夜ばなし) あかがり。つまりあかぎれ。
長い冬をひろびろと枯れた高原に
孫のような年ごろの若い女性を道づれに
景勝の地に彼らを置くな。 |
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