自註 富士見高原詩集
昭和四十四年十一月三十日 青娥書房発行 A5変型
153ページ 定価千四百円 限定1000部
他に特製版100部限定 定価三千五百円
装幀 串田孫一昭和五十九年七月十五日 鳥影社発行
207ページ 定価2800円
尾崎 実子の再版にあたって
装幀 串田孫一![]()
(八ガ岳)校正 岡林 壽男
2004/03/06
前 書 き 私には長野県富士見在住時代のものを集めた「花咲ける孤独」という詩集がある。昭和三十年の二月に東京神田の三笠書房から出版されたが、今ではもう絶版になって元の姿では容易に手に入らない。その後昭和三十四年十月に「尾崎喜八詩文集」第三巻として東京麹町の創文社から同じ題名で出て今日に及んでいる。しかし此のほうには最初の「花咲ける孤独」以後の作品も加えたので内容も増加している。そして今度のこの本には同じ高原で得た詩からだけ総計七十篇を選んで「自註 富士見高原詩集」という題を与えて、ここに新しく出版する事にした。好んで私の詩を読んでおられる諸君には旧知の作品も多いだろうが、今改めてこの詩集を出す気になったについては別に一つの理由があった。それは「自註」である。作者自身が自分の詩に注釈を施し、或いはそれの出来たいわれを述べ、又はそれに付随する心境めいたものを告白して、読者の鑑賞や理解への一助とするという試みである。
詩は言葉と文字の芸術であると同時に作者の心の歌でもあるから、本来ならばその上更に解説その他を加える必要は無いはずである。しかし最近は色々と出る選詩集に中に、選者その人の鑑賞や、注釈や、或いは批判めいた物さえ添えられている場合が多くなった。それは又それで必ずしも悪くはないが、しかしそのために作者本人がいくらか困惑を感じる場合も絶無とは言えない。鑑賞や批判が原作者の本来の意図や気持と食い違ったり、注釈に誤りがあったりしたのでは、迷惑するのは作者ばかりか、心ある読者、鑑賞力の一層すぐれた読者の中には、その事に不満や不快を感じる人さえいるのである。現に私はそういう例を幾つか知っているので、今度は敢えて自注という新しい試みに手を染めた。会津八一氏にも「鹿鳴集」の立派な自注本があるが、詩集としてはこれが最初のものではないかと考えている。それはともかく、私はこういう事をやってみた。あとは読者諸君の自由な判断に任せられるのほかはない。それにしてもまず詩を読み、更に註を読めば、或いは私という人間の心と生活と芸術とを一層よく理解してもらえるかと思うのである。
1969年11月7日 立冬の日
鎌倉市山ノ内明月谷 淡烟草舎にて
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十一月北のほう 湖からの風を避けて、
雨氷の朝
終日の雪に暮れた高原に まるで一夜の魔法にかかって そして万能の自然がたった一夜でつくり上げた
春の牧場
あかるく青いなごやかな空を ほのぼのと赤い二十里の だが 緑の牧の草のなかで
夏の小鳥が‥‥‥
夏の小鳥がふるさとの涼しい森や緑の野へ 産はたいてい神秘な夜のあけがたに行われる。 彼等は小屋の前へ立ったりうずくまったりしながら、 私は思うのだ、 そして私は心ひそかに歎くのだ、 夏の小鳥が生まれ故郷の
薄雪の後
まっさおな空をふちどる山々の線の上に しかし やがてきっぱりと
旗
石を載せた屋根を段々にならべて 小学校の庭では運動会のプログラムが きょうは招待のあるじである私たちの国の旗よ、
冬のはじめ
黄ばんだものが黄いろくなり 大きなむなしさの中に明るく努めて、
本 村
花崗岩の敷石づたいに 清潔な牛小屋と厚い白壁の土蔵とのあいだに 私はあの玉虫いろの空の下から そして在る日私を呼びとめて、
夏野の花
神のおおきな園のなかで 惜しまれることを期待もせず、 すでに咲き消えた野薔薇 野あやめ うつぼぐさ、 はやくも秋めく青い木の間を (木の間 このま)
ヘルマン・ヘッセに「回顧」という美しい詩がある。私は以前か
回 顧 山腹にはヒースが咲き、 つぐみの歌や郭公の叫びが曽てどんなに響いたかを 森の中の夕べの宴、 そしてやがては君についても私についても、 私たちは夕べの星と そして言うまでもなく私の変奏曲は、神の知ろしめる夏の高原
或る晴れた秋の朝の歌
又しても高原の秋が来る、 すがすがしい日光が庭にある、 筵や唐箕を出すがいい、 名も無く貧しく美しく生きる やがて野山がおもむろに黄ばむだろう、
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雪に立つ
雪が降る。 わたしはスキー帽をすっぽりかぶり、 雪は縦に降り、横なぐりに降る。
足あと
けさは 森から野へつづく雪の上に、 雪と氷の此の高原の寒い夜あけに それならばいよいよすばらしい。
窓をあけてお前は言う、 遠く、そして柔かく‥‥‥ ほんとうにお前の言うとおりだ。 お前はいう、 そして私はいう、
「お前」というのは勿論私の妻の事で、彼女は時どきこんな思い入 ったような殊勝な言葉も洩らすのである。又別の時の事だが、「お ばあちゃんのお墓の上で、春が三度目のリボンをひるがえしていま す」などとも言った。おばあちゃんとはそれより四年前に死んだ私 の母の事である。 私たち普通の人間は大抵この世の毎日の生活や目にする物に馴れ っ子になって、心情の上でも木目荒く粗雑に生きている。本当は常 にいくらかの隔たりを保って人間や世界に接しながら、あたかも長 い病いから癒えた者のような感謝の念と新鮮な気持とで生きてゆく べきではないだろうか。馴れればういういしかった初心も失われ、 真実や美にも鈍感になり、尊重すべき人生に対して、悪く言えば、 「すれっからし」になってしまう。 私たち夫婦はこういう心で、オーストリアの作家シュティフター やドイツのハンス・カロッサの書いた物を戦前から尊び愛してい た。それ故か「遠く柔らかく」の一語が契機となって、折も折、誰 も遊びに来ない雪降りの夜を、久しぶりに彼らの『さまざまな石』 か『指導と信従』でも一緒に読もうという気になったのである。
春の彼岸
草木瓜の赤、たんぽぽの黄がここかしこ。 (草木瓜 くさぼけ) 煩惱の流れをあえぎ渡って、 作業中
早春の道
「のべやま」と書いた停車場で汽車をおりて、 開拓村の村はずれ、
復活祭
木々をすかして残雪に光る山々が見える。 枯草の上を越年の山黄蝶がよろめいて飛ぶ。 (越年 おつねん) 萌えそめた蓬に足を投げ出し、
春は茫々、山上の空、
雷雨の雲が波をうって 殘雪をちりばめ 這松をまとって 眼下をうがつ梓の谷に
友人に誘われて上高地に行き。ついでの事に西穂高へ登った。途 中で雷と驟雨に見舞われて面喰ったが、山荘で休んでいるうちに雨 も上がり雷も遠ざかってすばらしい天気になった。そこでまた這松 の間を登りはじめ、濡れて滑る幾つかの岩峯を攀じて遂に独標の頭 へ立ったが、そこから見上げた雨後の奧穂高の目も覚めるような壮 観はまったく私を圧倒した。人間のけちな思いも吹き飛んでしま い、肉体の卑しさも洗い浄められた気がした。 眼の下には時ならぬ夕立に水嵩を増した梓川が銀の糸のように光 って流れ、その涼しい水辺には今宵の泊まりの宿も見えた。しかし 正面に峙つ霞沢岳のむこうには、今頃はちょうど安曇平を真暗に ているだろうと思われる壮大な無気味な雷雲の頭が、折からの午後 の日光を受けて目にもまばゆく輝いていた。そしてこれこそ結集さ れた夏の力の象徴であり、高山に在って初めて得られる体験だと思 った。
山 頂
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フランスの現存の作家であり、手紙の上でも親しいジャン・ジオノに捧げたこの詩は、これもまた人に誘われて初めて北穂高へ登った時の作品である。営々として攀じ登って来た山のてっぺんで、まず「おめでとう」を言いながら握り合う男同士の手がどんなに頼もしいものであるかを書き、三時間余の大キレットの急登にさすがいくらかやつれの見える互いの顔が、どこか秋めいたものを感じさせるその美しさに焦点をしぼって書いた。
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信州は南佐久、或る山かげの中学の
小使さんが私のために網打ちに行く。
千曲川もこのあたりではまだ若く、
古生層の大岩小岩
らいらいと谷をうずめて、
朝早い九月の水が浅々と流れている。
赤魚という鮠は川底の砂に腹をつけ、 (鮠 はや)
おだやかに鰓をうごかし、
ひらひらと鰭をそよがせ、
また尾を曲げて靡くように泳いでいる。
小使さんの投網のさばき美しく、
岩の上から腰をひねってさっと投げれば、
網は朝日に虹を噴き、
まんまるく空に開いてばっさりと水をつかむ。
寒い河原には五位鷺が群れ 鶺鴒が囀り、
(五位鷺ゴイサギ 鶺鴒セキレイ)
朝の青ぞらのあんな高みに
硫黄岳と爆裂火口があんぐりと口をあけている。
小使さんはそんな物には目もくれない。
ざぶざぶと水を渡って岩から岩へ乗りうつり、
川瀬の淀をじっと見据えて網を打つ。
私のびくは真珠いろとエメラルドの
ぴちぴちする魚でもう重い。
小使さんはゴールデンバットを短かくちぎって
首のつぶれた鉈豆ぎせるへ丁寧に挿しこむと、
「とれましたなあ、
これならばお土産になりやす」といいながら、
一息うまそうにぐっと吸う。
その言葉にうれしくうなずく私の目に、
ああ 千曲川の秋の河原のアカシアの
黄いろい切箔の葉がもうちらちら散るのである。
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富士見高原も片隅の森の中に住んでいるのに、よく頼まれて長野県内だけでも方々の学校へ講演に行った。遠くは野尻湖に近い俳人一茶の故郷柏原、佐久間象山の生地松代、木曽の谷間や伊那の山奥。空手の時もあれば書物やレコード持参の時もあり、文学や音楽の話もすれば自然観察の話もした。そしてこの南佐久郡穂積の村の中学校もその一つで、ここでは場所が場所ゆえ初めての八ガ岳登山の折の話をした。そして初秋の一夜を学校の宿直室に泊められて次の日の朝がこれだった。しかし事の始終はここに書いたとおりだから改まって註釈の必要もあるまいと思う。
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お天気つづきの毎朝の霜に
十一月の野山がひろびろと枯れてゆく。
高原の空は無限に深く青くなり、
浅い流れは手も切れるほど冷めたく、
太陽の光が身にも心にもしみじみと暖かい。
あなたは開拓農場の片隅に
秋のなごりの枯葉をあつめて
ほのぼのと真昼の赤い火を燃やす。
爽やかな海青色のオーヴオール、
(海青色 かいせいしょく)
髪の毛を堅く包んだ黄いろいカーチフ、
長いフォークの柄によりかかって
うっとりとあなたは立つ。
鶏を飼い 山羊を飼い 緬羊を飼い、
一町五反の痩土と独力で取っ組んで、
六年の今日「斜陽」もなければ旧華族もない。
頼むのはただ自然とその順調な五風十雨。
あなたの手に堅く厚い胼胝があり、
(胼胝 たこ)
あなたの机に農事簿とモーロワとがならぶ。
そして今日のいま 金と青との晩秋の真昼、
赤い火に立つあなたを前に
もう初雪の笹べりつけた北アルプスの連峯が、
ああ 遠くセガンティーニの背景をひろげている。
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別荘の持ち主渡辺昭さんは、森のそとの地所を畑や養鶏所や山羊や緬羊の放牧場にしていた。そしてその世話をするのは主として奥さんと雇い人の若い男の二人だけだった。火山高原の石ころだらけの荒蕪地を開墾した一五〇アールの渡辺牧場。それをつい数年まえまで貴族院議員の令夫人だった奥さんが、今は二人の令息の面倒を見る一方、全く未経験のこんな仕事に専念しているのだから、私達としてはただただ感心するのほかは無かった。
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冬のこころ
ここにはしんとして立つ黄と灰色の木々がある。
地衣と星(詩誌「アルビレオ」の創刊号のために)
お前は辞書を片手にハドスンを読んでいる。 むかし武蔵野に遠く孤独な小屋があり、
雪山の朝
服装をととのえて 小屋を出て、 空は世界の初めのように 瞬間の生涯回顧と孤高の心―
安曇野
春の田舎のちいさい駅に
葡萄園にて(甲州勝沼、曾根崎保太郎君に)
厚い緑の葉の上へずっしりと載った わが友葡萄作りは口いっぱいに
八月の花畠
バーベナ アスター ジニア ペチュニア ああ その柔らかい植物の炎の上に きょうこそ秋も立つという日の
晩 秋
つめたい池にうつる十一月の雲と青ぞら。 枯葉色のつぐみの群がしきりに渡る。
炎 天
高原の土地の村から村へ アルルの畠やプロヴァンスの広がりばかりか、 |