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今夜の番組チェック

      その空の下で

       昭和45年12月10日  創文社発行 B5判 布角背・貼箱入・90頁・定価1500円 装幀カット串田孫一
                  別に 羊皮紙表紙・天金・布装帙入・著者署名  限定100部・定価5000円

              目 次                            2004/03/07 (校正 岡林 壽男)                                           

 されど同じ安息日の夕暮に

 アイヒェンドルフ再読

 よみがえる春の歌

 音楽会で

 シューマンと草取り

 一つのイメージ

 ほほえましいたより

 復活祭

 晩年のベルリオーズ

 上高地にて

 森林限界

 詩人と笛 その一、その二

 夏 行

 恢復期の朝

 鎌倉初秋

 明月谷

 岩雲雀の歌

 古い山の地図を前にして

 雲表の十月

 霧ガ峯の春

 カエデの勉強

 続けかしの歌

 鈴

 ヴィヴァルディ

 「諸国の人々」

 勉強篇

 バッハの「復活オラトリオ」から

 二つの現実

 讃 称

 エリュアール

 浄土平

 その空の下で

 春 愁

 命あって

 黄道光

 トンボの谷

 詩「無情」の作者に

 過去と現在

 安らぎと広がりの中で

 沈みゆく星に寄せて

 後 記

                                                   ○ 文学館へ

 


    

 

されど同じ安息日の夕暮れに

      Am abend aber desselbigen Sabbats ‥‥‥

 

十五年のその昔、美砂子よ、お前は二歳、
私は幼いお前をかるがると背負い、
白い頭巾をすっぽりかぶせ、
緑の毛布に厚くくるんで、
まだ雪の消え残る信州富士見の高原に
天上の春の最初の使信、
復活祭の雲雀の歌を遠く求めて歩いたものだ。

今、成人してその天からの春の知らせの深い意味を
ようやく身うちに感じている若いお前が、
年こそ経たれ、この同じ復活祭の夕暮れに
私のためにバッハのオルガン衆賛歌を弾いてくれる。
そしてもうお前を抱く事も背負う事も叶わない私が
毛布を膝に、指を組んで聴き入っている。

しかしその年老いた今日の私を
お前が憐み、いとおしむのはまだ早い。
私はこうして、ここにまだ在る。
まだいくらかの仕事の日々も許されている。
しかし しかし、そういう私の存在が
やがて懐かしいこの世から消えた時、
或る春の同じ安息日の夕暮れに
お前はふと私の訪れを空気に感じて、
同じコラールを、花の窓べに、
一層深い思いで弾いてくれるだろうか。

 


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アイヒェンドルフ再読

 

梅、桃、連翹、白木蓮、海棠と、
庭に咲きつづく花たちの醸し出す
あまりに思い都会の春の圧迫に耐えかねて、
仕事を後に広やかな高原と谷の自然を訪れた。
背の袋には軽い弁当と一冊の薄い詩集、

塵を払って書棚から抜き出したアイヒェンドルフだ。
らくらくと読めて、多くは歌としても知っている
これらの詩こそ今日の道連れにふさわしい。

「友」と「郷愁」と「異郷にて」を
日が照り雲が浮かぶ草の上に寝ころんで読む。
晴れやかに澄んで哀愁さえも光と化する
こんなアイヒェンドルフから遠ざかって実に久しい。

水際へ下りてもう二つ三つ別のを読む。
「砕かれた指環」がシューベルトの「小川の子守歌」を想わせる。
目の前では強靭な魚の影が早瀬をうねり、
対岸の岩では一羽の鶺鴒が鳴きとおしている。

 

 

 

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よみがえる春の歌

            (皆川達夫君に)

 

そよそよと南が吹いて日の光の暖かい
今日、春の彼岸の休日を
この朝のためにと取って置いた
一枚のレコードで始める深いたのしみ!

忘れられた古い歌曲、聖櫃のような昔のオルガン
珍貴になった古風な管弦、 ───
いま部屋にひろがるこの一連の音楽が
ティロールの雪の峯々や、インの流れや、
宮廷礼拝堂のほのぐらい内陣を想わせながら、
私の窓からの春のすべてに調和する。
霞の奥に横たわる秩父、丹沢の山なみにも、
愛らしく家々を載せた川の向うの緑の丘にも、
つい目の前の桜の梢で
最初の歌を試みている一羽の褐色の鶫にも。

イザーク、ゼンフル、ホーフハイマー、
オーストリア・インスブルックの古い大家達が
色褪せた十五世紀の遠い過去からよみがえり、
この困難な、味気ない世の一時を、
私を励ましてしみじみと晴ればれと歌っている。

 

 

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音楽会で

     (高野紀子さんとその東京ルネサンス・コンソートの人々に)

 

片膝に載るほどの小さいオルガンを弾く娘は
役割を変えて白い短かい縦笛も吹く。
悠然と並んだヴィオラ・ダ・ガンバの弦の響きは
涼しく、雅びで、おっとりと
イギリス・ルネサンスの舞曲をかなでて、
古い善い時代の夢と秩序とをよみがえらせる。
しかもそれがすべて揃いの衣装を裾長く曳いたいた
匂うばかりの若い女性の合奏なのだ。

ああ、私にしてもっと若かったら!
しかしもう続かない息、固い指、かすれた声、
諦めもさして苦痛ではないほど歳をとった。
今は焦燥もなく、歎きもなく、羨望もなく、
彼女らの町や宮廷や野の歌に静かに聴き入り、
その画のような輝きに見惚れなければならない。
それが受容だ、それが救いだ。
そしてそれが老境の知恵というものだ。

 

 

 

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シューマンと草取り

 

少女がシューマンのピアノ曲を練習している。
その窓の下で私は花壇の雑草を抜いている。
少女は同じ個所を根気よく繰りかえす。
私の相手はチューリップの若い列を窒息させる
ハコベ、ナズナ、イヌノフグリの夥い群衆だ。

雑草の美は美で認める私ではあるが、
やがて揃って咲くべき選ばれた花には代えられない。
他方シューマンは美しくて精緻だが、
この際、彼の情熱は暗く、不安で、
その意識の流れには或る錯乱さえ感じられる。

しかしそのシューマンを少女は結局
彼女のものとして整え、纏め上げるだろう。
そして私はさっぱりとした花壇を後に
抜き集めた雑草を横抱きに運んで、
命あらば生きて咲けよと空地の隅に撒きひろげる。

 

 

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一つのイメージ

       (或る若い友に)

 

君は君自身のアルプを持たなくてはならない。
沙漠の中の緑地ではなく、高地の牧場を。
暗い樅の谷間から輝く雪線の近くまで
高山の眺めが一望の中におさまるところ、
そこが君の領域、君の労働と収穫の
喜ばしくも誇り高い場所でなければならない。

君はそこに君の牧草をなびかせ、畑を育てて、
君の牝牛から、山羊から、穀物から、
君のミルクを、チーズを、パンをとり入れるのだ。
朝日に燦く沢のほとりに君の家畜らの鈴が鳴り、
金と青との暑い昼間に君からしとどの汗が流れ、
峯々を染める夕映えの中で君の「牧場の歌」が響く。

君の知恵と力と信念とに営まれる其処は君自身の世界、
誰からも指一本さされる事のない独自の天地だ。
闘いも、苦しみも、とりいれも、喜びも、
良心の天に則って全力挙げて試みるがいい。
ああ、若く、雄々しく、けなげな友よ、
それが君にとっての甲斐ある生活、
男一匹の威厳に満ちた堂々たる人生だ。

 

 

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ほほえましいたより

      (故寺田正二氏への思い出に)

 

「じゃ、行ってくるよ」と軽く別れの言葉を残して、
当日の花嫁である姉娘は一月半ばの早朝六時、
一人で鵠沼から東京へとハイヤーを飛ばしたそうだ。
それから母親と高校三年の弟とが
後を追って出かけたそうだ。
長年の療養生活で寝たきりの学者である父親は
留守をまもって一日じゅう
好きなレコードを聴いて暮らしたそうだ。
みんなが帰って来たのは夜だったが、
東京での昼間の式は型破りのもので、
入場の際のメンデルスゾーンの「結婚式行進曲」を弟が弾き、
間に女の友だちがリストの「愛の夢」を弾いたそうだ。
そして式の終りには新婦のピアノ伴奏で
新郎が「ホーム・スイート・ホーム」を独唱したそうだ。
そういう一部始終を病床の父親は
長いテープの録音で聴いたり、無数の写真で見たりして、
「四十パーセントぐらい」は自分も列席していた気持になったそうだ。
後になって弟は
メンデルスゾーン演奏のアルバイト代として、
「金壱千円也」を姉から徴収したそうだ。

 

 

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復活祭

 

「天は笑い、地は歓呼する‥‥‥」
バッハのカンタータが今終わった。
庭を埋めて咲くタンポポ、シバザクラ、紫ケマン、
祝祭と花の朝を風は冷たく、日は暖かい。

生涯を詩にうちこんで幾十年、
もはや旅路の果ての遠くないのを思えば、
彼を追っての復活を願う
祈りの歌もただごととは聴かれない。

木々の梢に歌ほとばしらせる小鳥たちや
青い空間に浮かびきらめく蝶や蜂、
「われを天使に似させたまえ」のつつましい訴えが
彼ら純真で欲念薄い者達にこそふさわしく思われる。

 

 

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晩年のベルリオーズ

     (渝る事なき愛情をもって)

 

寒さと雨とぬかるみのパリの片隅、
リュ・ド・カレーの孤独と寂莫の薄ぐらい部屋で、
眉に垂れかかる銀髪を掻き上げながら、
老い衰えたベルリオーズが一通の手紙を書いている。
五十年前の初恋の、片恋の、年上の娘、
あの故郷のグルノーブル・メーランの「山の星」、
今は七十歳に近い老女エステル・フールニエに
最後の憩いの胸と膝とを求める手紙を。

人生は「ただ動く影にすぎなかった」のか。
それは本当に「一人の白痴の物語だった」ろうか。
しかしあのたぎり立つ青春の一大ロマンス『幻想交響曲』や
あの壮麗な『死者のための鎮魂曲』、『ローマの謝肉祭』、
さては『ロメオ』、『ファウスト』、『イタリアのハロルド』。
そういう傑作はすべて空しい戯れだったのか。
『キリストの幼時』と『トロイの人々』とは長びく夕日の残照だったが、
それは彼の聖書的な牧歌であり、音楽でのヴィルジールだったのだ。
彼はそれらをさえ人間喜劇の終曲だと言うのか。

燃える情火にその天才を焼き尽くさせた男、
時代の無理解と孤独との中で己れへの信を失った男、
「人は髪の毛の白くなった時、もはや夢を、
友情の夢をさえ忘れ捨てねばなりません」と
訓戒の返事を与えられるとは知るや知らずや、
生き疲れ、衰え果てたベルリオーズが、
遠くいとけない昔の恋人、現在の老婆に、
雨の夜の墓地にゆらめく鬼火のようなはかない手紙を書いている。

 

 

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上高地にて

     (吉村博次君に)

 

薄いインゼル文庫の詩集を片手に
明るい荘重な高山の裾、緑も暗い森のへり、
谷の流れが水晶のように響く小径を歩いている。
米栂の梢の星鴉の叫びや
石南の沢に*こだまする小瑠璃の歌を聴きながら、
岩鏡の珊瑚いろ、燕オモトの花の白さが
鮮かに目をみはらせる道を歩いている。
トラークルよ、今は晴朗な朝の山々と谷々の時間だ。
惜しいかな、君の愛した夕べと没落、君の夜と死とにはまだ遠い。
この『逝ける者の歌』を私は今宵の宿でゆっくりと読ませてもらう。

 

 

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森林限界

 

画のようでもあれば歌のようでもあった
あのお花畠の楽園をあとに、
ウソが笛吹き、キクイタダキがこまかに囀る
トウヒ、シラビソ、コメツガの密林を登りきれば、
もう此処は山の高木帯の尽きるところ、森林限界。
天地八方からりと開けた光の世界に
曲がりくねったダケカンバを最後として、
行く手はハイマツの海と聳え立つ岩の砦だ。

なんという清浄な日光、颯々たる風!
下界での悲喜も煩悩もここに絶えて、
ただ無心の生き身がこつねんと立つばかり。
時折聴こえて来るイワヒバリの歌だけが
遠い世界からの消息のように思われる。
この上は孤絶の山頂さしてひた登りに登るのだ。
残んの命を決然として美しく
生き抜こうとする者のように。

 

 

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詩人と笛

 

その一

詩人が堅い木管の小さい笛を吹いている。
十七世紀の終わる頃にわずか三十六歳の若さで死んだ
イギリスの或る作曲家の美しい小曲を
この一時の心と体の憩いとして。

笛などは年甲斐もないと言って彼を笑うな。
今たまたま重荷のように思われる人生を路傍に下ろして
永遠を垣間見る森の木陰で一息入れているところだ。
そして歌が終われば又立ち帰る一日の旅だ。

 

その二

息と指との造形から
楽譜の列が旋律を生み、
彼のこの世の四半時間が
今、中世イギリスの田園や町となる。

そして或る時は物語に暗いドイツの森に、
また或る時はイタリアの海べの丘や白い廃墟に‥‥‥
だがそれは彼の郷愁のしらべではあるが逃避ではない。
詩人がその夢想と共に織り上げる一片の現実だ。

 

 

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夏 行

     (岡厚生君に)

 

回想や想像の中では山でも海でも
すべて絵空事のように思われる今日の酷暑、
アルプスの雪渓の思い出も駄目、
寒い深い秋芳洞の記憶も駄目、
気を変えて読んでみるあのステファーヌ・マラルメの
「海の微風」も甲斐がなかった。

骨身にこたえる暑さにも負けず、
寄る年波の醜い頽廃や
精神の弛緩にも打ち克つためには、
今書いているこの文章を書き果すこと、
書きながらいくばくかの喜びを創造すること、
何はあれ存在の証しであるこの仕事と闘うだけだ。

焼けつくすような蝉の合唱、空中の燕のきしり、
炎天のヤブカラシの花から花への揚羽のひらめき。
だがここに一つの慰めとして、警めとして、
ぎっしりと書物の押し合う部屋の窓に、
あのけなげな学生がみちのくのみやげにくれた
南部盛岡の鉄の風鈴が目も覚めるように鳴っている。

 

 

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恢復期の朝

     (東京逓信病院の皆さんに)

 

白い天井と白い壁、
仕切りの白い垂れ幕と白いベッド、
医師も看護婦も清らかに白く着て、
すべてが純白に装われた
広大な医術の殿堂から帰って来た。

最後の審判に呼び出された者のように
底知れぬ怖れをいだいて出て行った身が
思いの外の軽い診断と練達の手術をうけて、
二月近くをすべての掟や処置に唯々として従いながら、
運命と人々の祝福のうちに勇んでたどる家路だった。

その祝福への感謝の思いを忘れまいと、
これからの余命に捧げる仕事を思い、
盛夏を燃える太陽の下、
鬱蒼と茂る谷の草木に囲まれて、
痩せ衰えた体を早くも机に向かっている私だ。

気がつけば家族の誰の優しい配慮か、
スペインの陶器の花壜にいとも涼しく
今朝初咲の赤いセンノウの一輪が挿され、
新しいスイスの腕時計がその傍らで秒針を光らせながら
冴々とこまやかに私の再生の時を刻んでいる。

 

 

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鎌倉初秋

 

きらびやかに暑くたくましかった
海と山との夏は徐ろに逝こうとしているが、
幾十という蝉の声は唸りを帯びて
まだこの一山一寺の全域を圧している。

片隅の静かな庫裡のあたり
すでに葉鶏頭が黄や赤に、
とんぼ、やんまも軽やかに飛んで、
カンナ、ジニアの古風な花達も衰えない。

そぞろ歩く若い女性の人影が
鬱蒼と年古りた大樹のあいだで
独りで在る時と処とに秋めいた思いを与えながら
遠い歴史のしっとりと青い瞬時を味わっている。

 

 

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明月谷

 

二人の孫の姉のほうは雪の蔵王へ、
その弟は志賀高原へ、
正月の休暇を嬉々としてスキーに出かけた。
今はこの鎌倉の谷戸の家の
彼らの部屋にピアノも鳴らずギターも響かず、
朝は明るい歩々白の歌と
昼は時おり鵯の
賑やかなおとずれの声を聴くばかり。
女たち、妻と娘は
煖められた居間や食堂で何くれとない仕事、
祖父の私は山を前にした二階の書斎で
一日じゅう何か書いたり読んだりしながら
孫たちの帰宅を指折り数えて待っている。
彼らが遠く出発してもう幾日、
おちこちの梅の蕾こそまだ堅いが
崖の椿は早くも赤らんで花も近い。
その間にも宵ごとを満ちてゆく月の光に
名のとおり
明月谷の霜の夜更けが凍て冴える。

 

 

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 岩雲雀の歌

 

夏山からの友のたよりを前にして
うつろな心が目の覚めたように我に帰り、
過去いくたびかの高処の夏に思いをめぐらす。
私にもあの三千メートル雲表の
身にしみわたる純粋な日光や、岩の感触や、
空間をちりばめては風に散る
岩雲雀のきれいな歌があったのだ。

その後いつしか幾十年、
徐ろに、しかし厳然と寄る年波に運ばれて、
今は昔の、青春の
あの山頂に立つ体力も自信もない。
だがここに、ありがたいかな、ただ一つ
老いに屈せぬ強い精神が保たれていて、
夏山からのたよりにも、
おのが遙かな思い出にも、
忽ち風を纏った生の賛歌を蘇らせるのだ。

 

 

 

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古い山の地図を前にして

 

グラスから冷たい飲み物を飲みながら、
もう一方の手の指先をゆっくり這わせて
強く凝らした老いの瞳で追っている。
綾のような等高線の旋律に添ったり
それを裁ち切ったりする昔のおのが足跡を示す
今では淡い、しかし曾ては血のように濃かった
赤鉛筆の線のゆくえを。

二十メートルずつの間隔の広さ狭さで
こころざす山の傾斜角を図にまで書いた
遠い昔の生一本な、まっすぐな、
あの初恋のように純な熱中がほほえましい。
そういう過去をこの古い地図から振り返って、
もう一杯なみなみと注ぎ、
晩い燕の飛びかう夏夕暮れの飲み物を
今度はグッと一息に飲む。

 

 

 

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雲表の十月

 

レジャーだとかマイ・カーのドライヴだとか、
本当の心の喜びには無縁の下界を後にして
今この高処の秋に立つ事の
なんと雄々しい孤絶感、
なんという自主独往の心境だろう!
まっさおに澄んだ北方十月の空の下、
充実と美とをきわめた木々のもみじを
昂然とぬきんでて立つ剣、八ツ峯の岩の楼閣、
立山連峰は厚い翼を左右に張って
雲表の秋の天地を造形している。

岩に触れれば岩はしみじみと暖かく、
耳を澄ませば水かと響く小鳥の声。
身も心もこの高い広々とした静寂に
与えつくし委ねつくして惜みのない今日だ。

 

 

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霧ガ峯の春

 

下界では初夏でも山は晩春、
六月の空がなごやかに晴れて
そよそよと程よく肌を吹く
二千メートルの高みの風がこころよい。
むこうに青い八ガ岳の波、
こちらにどっしりと蓼科の頭、
そして遠くのあれは御岳、乗鞍、
そのまた先は北アルプスの奥穂高と、
ぼんやり霞む曾ての山の回想に
サクラソウの花の小径で足をとめる。

だんだん出て来たシラカンバ、ダケカンバ、
その雲のような若葉の枝でアオジが歌い、
呼びかわすカッコウの声が遠く、近い。
冬を凌いだ強い常緑樹の林のヘリで
ミネカエデ、イタヤメイゲツ、オガラバナ、
色とりどりのカエデの葉芽の
柔らかにほどけているのも眼にいとしい。
むこうで薄紅なのはズミの花か。
タカネザクラやカスミザクラの探索は後にして、
今はまずあの友のヒュッテで昼飯をとろう。

 

 

 

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   カエデの勉強

 

秋十月の日光光徳、きのうは時雨、けさは霜、
きっぱりと晴れた山の空から
身に沁むばかりに日が射して、
オオアカゲラの声の響く朝の林に
木々のもみじが燃えるようだ。

ロッジの露台にコーヒーを運ばせ、
今拾って来た五、六枚のカエデの葉を
書物相手に確かめにかかる。
紅いのはウリハダカエデ、ウリカエデ、
ハウチワカエデにアサノハカエデ、
黄色い二枚はヒトツバカエデにチドリノキか。

植物の勉強に身を入れた
若い昔の幾歳月が思い出される。
多くの師がこの世を去り、多くの自然がそこなわれた。
しかしなお私に古い熱情の燠が消えず、
時あれば詩の秋のもみじと共に燃え上がる。

 

 

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続けかしの歌

     (古い妻に)

 

彼女がいつも健かだということ、
足る事を知って、頼もしく、
つねに明るく家事に働いているために
何か遠くでいい音のする秋の日のようだということ、
それが齢を重ねてもなお仕事を
毎日の務めとしている私には強い支えだ。

二十年も昔に貰った信州の田舎の菊を
贈り主のこころ同様大切に護り咲かせて
今他人にも根分けして共に喜ぶ晴れやかな真情、
遠い学校へ通う孫たちのために
夜更けまでなにかと用意をしてやりながら
朝は早くも日の出のような顔のまばゆさ。

道の上の霜がきらきらと溶け
どこかで頬白が歌っている冬の午前、
今日もまた命あって机に向かえば
静かに運ばれる一椀のコーヒー、
私はそのうしろ姿と昔ながらの誠実に
ちらと視線をやって心の手を振る。

 

 

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私の書斎の下の部屋では、
孫の高校生が試験準備の勉強をしている。
英語か、数学か、それとも物理か、
難問が一題解けるたびに
彼はチリン、チリンと小さく、きれいに、
ピレネーの麓、リューズの村の
牧場の羊の鈴を振る。

やがて二時間、三時間、
その銀いろの音の重なりが
彼と私とに勤学のしらべとなった頃、
今度は下の食堂からカラン、カランと
女たちの振る昼飯の知らせ
スイス・ツェルマットの牝牛の鈴が鳴りいだす。
だがちょっと待ってくれ。
私は今いちばん面倒な一行の思案に
あいにく煙草を一本つけたところだ。

 

 

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ヴィヴァルディ

 

どういう拍子か急にあなたが聴きたくなって、
それもあの独特に輝かしくて生き生きとした
いさぎよい弦のしらべが聴きたくなって、
「四季」なり何なり合奏協奏曲の
明るくきらびやかなのに針を載せる一時は、
私にとって一天瑠璃色に晴れわたった
春の日曜日の朝のようだ。

こんな時には頭も心も
明けっぱなしで自由自在だから
人の苦心の解説には元より
あなた自身の標題にもとらわれない。
ただ柔らかな椅子に楽々とすわって、
山のむこうの空を見たり雲を眺めたり、
それをあなたの弦やオーボエの歌で染めたりしている。

それでいいのだ、
そしてそれがあなたの音楽の魅力だ。
天然のように悠々として、伸びやかで、
誰でも容れて、楽しませて、
しかも去る者を追おうとは決してしない。
そこでそういうあなたを急に、たまらなく、
聴きたくなる事が詩人私にも時々ある。

 

 

 

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『諸国の人々』 

       (レ・ナション)

 

あまり穏やかな小春日和なので、
買ったまま未だよく聴いていない大クープランの
ヴェルサイユ音楽のレコードを掛けようとする。
すると、いや待て、
そんな料簡ではいけないのだと、
自分のうちのもう一人の自分が
きびしい仕事の世界へと強く私を引きもどす。
私は卒然と覚めて、諦めて、
これが終生の物となるかも知れぬ
机上の困難な仕事の続きへと立ちかえる。

さらば優雅なきらびやかな『諸国の人々』よ、
いつか私になお幾らかの寛濶な日が来る時まで
その美々しく装われた箱の中に
お前たちのルイ王朝や地中海的な豪壮と歓楽の
昔の夢を秘めて置いてくれ、待っててくれ!

 

 

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勉学篇

 

親に多くの費えをかけさせまいと
アルバイトで買い集めた厚い重たい原書の幾冊、
中世・ルネサンス・バロックの音楽史、
「音楽学序論」と「音楽は何によって生きるか」、
リーズ、ブコフツァー、ヘイドン、ジルバーマン。
「月の沙漠」で寝かせてやったあの子供はどこへ行った?
山登りに踵を支えてやったあの小娘はどこへ行った?
早くも一本立ちで進む世代よ、
独力で峻険を攀じる手足よ!

そこでこの祖父も空虚に悠然と構えてはいられない。
辞書を相手の手もとの書物、
「詩の構成における信念の告白と抒情」。
疑義の個所には印しをつけて、おりを見て、
ドイツ語の先輩に教えも乞うのだ。

 

 

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バッハの『復活祭オラトリオ』から

        ”Saget.Saget mir geschwinde ‥‥‥”

 

オーボエ・ダモーレに合わせて飛び出す急調の
「言ってください。早く私に言ってください、
この魂の慕い愛するエス様に
どこでお逢いできるかを!」

ほんとうに人を奮い立たせるアルトの歌だ。
私だって二千年の昔を生きて
もしもこの足が蹇えていたら、            
(蹇えて なえて)
膝で躄っても彼女に続いたに違いない。        
(躄って いざって)

これはもう単なる美しいアリアではない。
しんから信仰ふかい女の力強い急迫の叫びだ。
どだいソーファによりかかって煙草などを吸いながら
のんきに聴いていられるような音楽ではないのだ。

 

 

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二つの現実

 

どうしたものか隣席の若い女性が
あたりに気を兼ねながら又しても苦しげに咳きこみ始める。
ベートーヴェンの大曲『荘厳ミサ』は
満員の聴衆の上を海流のようにうねり進む。
私は持ち合わせの薬を女に与えて
暗がりの中でその背を摩りながら聴いている。
「サンクトゥス」に続いて直ぐに「ベネディクトゥス」、
そしてもう始まった輝かしい独奏ヴァイオリンの
天を翔けるようなあの神々しい長い楽句。
私は見知らぬ女性の背中に手を当てたまま、
つづく「神の小羊」まで、
人間一人の苦しみと万人の法悦という
この二つの現実を懸命に一つのものに練り上げていた、
鍛えていた。

 

 

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讃 称

 

三方から囲むいくた緑の丘陵と
南にひろびろと輝く海とを持つ
歴史も古い静かな都の
ひっそりとした谷戸の一つに君は住む。

そこは君のふるさと、六十年の君の土地、
君の足はその到るところを踏み味わい、
眼はその悉くを暗じるほどに知り、
しかも生活そのものは禅庵でのそれを想わせる。

君に近く住む者は安んじて君を思い、
その学殖から常に貴重な何かを分たれる。
そして遠く住む者もまた敬い慕って、
遙かに古都の谷間に君を訪う。

君の魂は生れながらにして甘美、寛容、
しかしその精神は永い鍛練を経て強靭だ。
そういう君の生き方によく接する者は
人間の心の自由の尊さを身をもって学び知る。

君は風のように飄々として街や山を行き、
日光のように暖かく立ちたたずむ。
君の挙措は常にまったく自然をきわめ、
そのため世の中は往々にして只人として君を視る。

しかし私の重んじるのは正にそうした君なのだ、
只人として遇せられ、途上の者として見過ごされ、
しかも温和な心と強い精神と深い学識とを
内に蔵して最も人間らしい人間であるその君をこそ。

 

               (富士川英郎君の還暦の祝いに)

 

 

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エリュアール

     (仮空の真実として、山崎栄治君に)

 

或る日突然エリュアールの訪問をうけた。
その詩集の翻訳者である友人の紹介で。
彼は旧知のように私に近づき、
人間のただびととして私の手を握った。

エリュアールは私の書棚をぐるりと見渡した、
ランボー、ロートレアモン、アポリネール、ブルトン、
ジード、ヴァレリー、ヴィルドラックにまじって
自分の著書のあるのにつつましく微笑しながら。

彼はおのれの過去について語らなかった、
私がそれを知っていることを知っていたから。
彼は現在を語らなかった、
私と共に太陽の下のそれを見ていたから。

 

だがその澄んだ美しい眼は言っていた、
詩は人生と世界、夢と愛との所産であり、
人生に奉仕する実用品であり
人類を集合させるために戦いをやめないものだと。

彼は機嫌よく帰って行ったが、
私の心に残った快い感銘は、
愛にも、知恵にも、知識にも
経験にもぎっしり詰まったくだもののような、
無限に美味で、身になって、頼もしい
われらの同僚、厳とした人間仲間、
ポール・エリュアールそのものの真面目だった。

 

 

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浄土平

     (以下の二篇と共に鴨志田キヨミさんに)

 

ここは国立公園磐梯・吾妻のスカイライン。
ドライヴ・インで盛蕎麦を食って、
海抜一千七百メートル浄土平の
草山の草を枕に寝ころんでいる。
岩代の山の視界はからりと晴れて風もなく、
底知れない静けさにうつらうつらしていると、
聴こえて来るのはただホオアカやノビタキの
この世を遠い歌ばかり。
もうじき車にエンジンが掛かれば、
東吾妻にも駱駝山にも一切経にも
硫黄平の硫黄の香にもおさらばをして、
福島から松川、安達、二本松と、
夏霞む高村智恵子ゆかりの地を
今宵の泊り、岳温泉まで飛ばすのだ。
ああそれまでの浄土平の空と草、
浄土のようなこの別天地に、
案内の連れよ、妻よ、
僕はもう少しの間うとうととしていたい。

 

 

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その空の下で

 

安達太良山もここから先は足で登るか、
ガラガラ廻っている味気ないあのリフトで
吊り上げられて行くかするよりほかはない。
山麓をいろどる落葉松の新緑、遠い郭公、
峰の高みに真白な残雪の帯、
そして頭の上は、見よ、この空だ。
おばさまが言ったという「智恵子のほんとの空」、
東京ならぬみちのくの空が、
「あどけない話」どころか真底女人の
思い入ったまじめさで、少し悲しく、
深く青々とひろがっている。
私はこの空を今は亡い人のその昔の郷愁と
同じ思いでしみじみと見上げる。
足もとには猩々袴か燕オモトか
つやつや光る強い緑の芽がぎっしり。
これもあのかたの故郷の山の草だと思えば、
踏むどころか、記念に一株掘るどころか、
気をつけて、丁寧に、
跨いで、
行く。

              (妻に代わりて)

 

 

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春 愁

 

高村智恵子ふるさとの丘、
みちのくは安達ガ原の二本松、
丘の頂きに私は立ってる。
あたりをめぐる赤松や
杉、楢、櫟に吹き添う風が、
私を迎える亡きあの人の
今ぞ親しい挨拶のようだ。

あまりに純な性ゆえに
この世の荒さ醜さに耐えかねて
美しく狂って逝ったその人を、
哀れと思い愛しいと思う私の心に
今この山風のもたらす春愁。

阿武隈の水の光は見えないが、
残雪をまとった安達太良山は
匂やかな霞の奥によこたわり、
光太郎詩碑の女夫岩に背をもたせば、
躑躅が燃え、藤波ゆらぐ麓から
黒つぐみの吹くフルートの
愛慕の歌がしきりに響く。

 

 

 

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命あって

 

命あって今年もまた
あの上高地へ私は行く。
明神、前穂、奥穂、西穂と
ずらり穂高の連峯を眼前にした
世にも壮麗で男らしい谷間へ行くのだ。
白樺や化粧柳の若葉の雲、
オオルリ、コルリ、ヒガラの歌、
原生林の奥に響くコマドリの声、
六月の琴掻き鳴らす梓川の流れの岸には
タガソデソウ、ミヤマタンポポ、エゾムラサキ、
小梨平に小梨の花もちらほらだろう。
山や、谷や、小鳥や、花や、
古いなじみ、長いつきあいの誰彼が
みんな同じ思いで待っている。
その上高地へ心勇んで私は行くのだ、
命あって今年もまた。

 

 

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黄道光

 

「波と鐘」、「前世」、「ローズモンドの館」、
愛するアンリ・デュパルクよ、
かつて私の若い胸を躍らせた三つの歌、
君が此の世に遺して行った傑作の三つが今終った。

それらの歌は私の青春の一時期と絡み合い、
今も古い多彩な追憶を呼びいだす。
悲恋と、愛と、絶望と、奮起、
憤りと、歎きと、喜びの思い出を蘇らせる。

私はそこから記憶の断片をとりあつめて、
夢のようだった七十幾年の生涯のうちの
色も豊かな一枚の強靭な布を織り上げる。

愛するデュパルクよ、君の雄々しい歌が今終わった。
そして早春の夕映えも谷間の家の窓に消え、
私の余生の西空になごりの黄道光がほのかに明るい。

 

 

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トンボの谷

     (伊藤海彦夫妻に)

 

左右の崖が更にせばまり
細かった道が今は一層細くなる。
これからはいよいよ尾根までの登り。
藪かげの水の響きがひときわせわしい。

ところが昔の山の田圃の跡だろうか、
行く手にささやかな平地が開けて、
イグサやアゼスゲ、シラスゲの類が
湿った土に涼しく茂って立っている。

私達が透明な褐色の羽根に薄赤い紋のある
緑に輝く美しいミヤマカワトンボを見つけて
声をひそめて指さし教え合ったのは、
水辺にスイカヅラの咲き匂っている其処だった。

なおよく見ればトラフトンボもショウジョウトンボも
みごとなモノサシイトトンボもいた。
いずれも今となってはもう此の歴史的な古都でさえ
容易には見られない種類だった。

私達はにわかに急峻になる細みちを攀じ、
ついに広い味気ない造成地を見おろす尾根に立ったが、
心にはいつまでもあの自然の神の創造物である
可憐なトンボ達の姿とその生地の谷とがあった。

 

 

 

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詩「無常」の作者に

 

今日は今から八年まえ
あなたが此の世を去った日だ、
スイス国テッシン州モンタニョーラの
もうどこやら秋の気配の感じられる
しかしまだ山も湖も村々の眺めも
晴れやかに美々しく輝いている夏の日に。

八十五年のあなたの長い生涯は
その精神や行動の妥協を知らぬ自由さで
遠いとつくにの若者私の心を捉え励まし、
人はその命のふるさとからの原型を
内心の要求に従ってみごと造型してゆくために、
おのれ自身に極力忠実でなければならないと教えた。

そのあなたを喜ばせたスイスの夏の風光が
秋めく朝をあなたの眼から永久

に消えた八年後の同じ今日、
たとえ私の庭に山百合が薫り、夾竹桃が燃え、
蝉たちの合唱が谷間の空を満たしていても、
それも忽ち無常の風に運ばれる輪廻の理法のきびしさを
今改めてあなたは私に思い起こさせるのだ。

 

          (一九七0年八月九日)

 

 

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過去と現在

 

若いころ口にしたあのシューベルトやシューマンの歌が
彼らの愛の喜びや愛の悩みの切実なしらべで
なんと私を酔わせ、恍惚とさせ、
なんと無思慮で盲目的な
いくつの恋愛に私を燃えさせた事だろう。

若いころ打ちこんだベルリオーズやワーグナーの
あの「幻想」や「ワルキューレ」の壮大な音楽が
なんと私を熱狂させ、煽り立て、
なんと身の程知らぬ倨傲さや
空疎な英雄主義へと走らせた事だろう。

しかしそれは全く彼らのあずかり知らぬこと、
すべては若年の私の浅薄な
受容の仕方にほかならなかったのだ。
いま老いに目ざめて静かに耳を傾ければ、
なんと彼らの芸術がそれぞれの美や真実で
この魂を飾り清めてくれる事だろう!

 

 

 

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安らぎと広がりの中で

 

見上げる乗鞍の稜線とそのくぼみには
まだ残雪の銀の象嵌が光っているが、
柔らかな緑の起伏のいたるところに
赤や紫のつつじが燃え、小梨の花が盛りのここは、
安らぎと静けさそのものの初夏の高地牧場だ。

向うの森に響く黒つぐみや赤はらの歌も、
近くの薮や草原のあおじ、のびたき、びんずいの声も、
かえって此の風景の広がりに一層の深みを添え、
おびただしい鈴蘭も流れに近いしもつけそうも、
この天地の豊満な美に寄与している。

読むつもりで持って来た詩集も開かず、
カメラも使わず、望遠鏡も手に取らず、
ただ小鳥の歌や、広袤を彩る草木の花や、
折から頭上の青空を緩やかによぎる
高い白い雲の消長に身と心とを与えるばかり。

 

 

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沈みゆく星に寄せて

 

窓からの眺めを夜に変えて
天文学的薄明もついに終わった。
正面の暗い杉山の頂きをすれすれに
巨大な黄玉のような木星が傾きかかり、
西の空低く金星が爛々と
今宵の別れに輝いている。

八月も終りに近い夏の夜の
この星々が送る美しい告別を私は愛する。
太陽が沈み、暑熱が去り、
南の風がそよそよと北に変わって、
世界が夜の休戦と平和に移る時の
この最初の告知の光を私は喜ぶ。

しかし私は知らない、いかなる明日が自分に来るかを。
そして人間の運命の星の動きは
どんな天界図にも載っていず、
どんな暦からも予測されない。
しかしただ私は知っている、自分の星が
この空の奥底へとやがて永久に消え沈むのを。

 


 

    後   記

 

 四年まえの『田舎のモーツァルト』につづいて、その後の作品の中から選び出した四十篇でまたこの詩集が出ることになった。自分の書くものが、─── 特に詩が、多少でも纏まるとそれがじきに本になるという事は、今どきざらには与えられぬ幸運と言わなければならない。創文社の社長久保井理津男さんや、編集長大洞正典さんたちの理解と好意無くしては、こんな事はとうてい成り立ち得ない。その上いつでも私の本のために美しい装幀やら意匠やらを快く引きうけてくれる親しい友人串田孫一君。自分では何もできない非力の私のために、こういう諸君が常に親身な面倒をみてくれる事を思うと、今さら何とお礼の言いようもない気持ちである。

 出来た順に並べた作品はすべてその時々の機会詩で、『田舎のモーツァルト』以後四年あまりも経っていると言うのに、芸術的にはいずれも大して進歩のあとを見せていない。ただ敢えて言わせてもらうとすれば、私にはこれらの詩のほとんどが、こんにち老いてなお健かに生き、半ば楽しみでもある仕事が出来、ささやかながら家庭的にも恵まれて暮らしている事に対する感謝の念と、やがて来るべき時へのすなおな覚悟の、次第にかたまってゆくのが見られる点とに、前の詩集とのいくらかの違いがあるように思われる。そして私の詩を以前からずっと見て来られた方々に、よしんばこれが進歩ではなくても、せめて有り得べきしぜんの変遷ではあるとして受けとって頂けるかも知れないとも考えている。もっとも以前のような調子が頭をもたげている時は無くはないが、これとてもまた私本来の詩的感情の昂りのなごりか、生きて来た日への愛と郷愁の歌のこだまとして聴いて頂ければ幸いである。

 ちなみに詩集の題名について言えば、この本の中に出て来る或る作品の同じ題とはその拠って来るところ幾分異なっていて、ここでは私自身が今なお生きて愛している「懐かしいこの世の空の下で」という意味である。

                      一九七十年九月九日
                        北鎌倉明月谷 淡烟草舎にて
                                尾崎 喜八

     


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